博士号取得者インタビュー
2012(平成24)年度 博士号取得支援助成金授与
2020年5月 東京大学博士号(教育学)取得
津田 昌宏さん (取得時79歳)
【論文テーマ】
アメリカの学校管理職の専門職基準の研究
―生徒の学習を核とする専門職への展開―

「All children can learn」、そして
「すべての高齢者も学ぶことができる」
最高齢79歳で博士号を取得し出版
生涯学習開発財団の博士号取得支援事業において、これまでの最高齢となる79歳で博士号を取得した津田昌宏さん。2020年5月に学位を取得した後も研究を継続し、5年後の本年2月に論文をベースとした書籍『アメリカの校長のリーダーシップ: 生徒一人ひとりの学力とウェルビーイングを高める』(東京大学出版会)を上梓した。
津田さんは都市銀行勤務を通してアメリカ暮らしが15年と長きに渡った。その間にアメリカの文化や教育の考え方などに触れ、日本との違いに興味を持っていた。アメリカでは1985年から約10年の歳月をかけて、21世紀に向けたスクールリーダーのあるべき姿を再デザインする活動があり、1996年に「スクールリーダーの基準」が公表された。そのころ日本の公立学校では、学力向上が強く期待される一方で、いじめや引きこもりなどの課題についてスクールリーダーが果たすべく役割が明確ではなかった。津田さんは「スクールリーダーの基準」の創設過程の分析とともに、日本における「校長の専門職基準」を明確にし、学校教育の進化に寄与したいと考えた。
定年退職した2002年、出身の京都大学大学院に入学。教官と共同でNPO法人や有限会社を設立し、実践的に講演を行うなど取り組んだが、修士課程の2年は短く、2007年に東京大学の博士課程に入学し。博士論文に取り組んだ。
ひとことで言うなら「すべての子は学べる」
著書にもまとめた博士論文の肝は以下の5つのキーワード。

- Each=子ども一人ひとりに寄り添う。
- At risk students=今リスクを抱えているだけでなく、将来にわたってリスクを抱えることになるかもしれない子どもたちにも寄り添う。
- All children can learn=すべての子どもは学ぶ力があるという信念をもつ。
- Well-being=一人ひとりの子どもたちの心身や環境を良い状態にして、よく生きられるようにする。
- Deficit thinking=欠損思考、すなわち、できない子はもともとできないのだからそれ以上教えてもしかたないと見放す考え方を捨て、教育の在りかたを変える。
すべての子どもは学ぶ力があるのだから、教師が強い指導で学ばせるという学力観とは対峙すること。一人ひとりの子どもにきちんと寄り添ってやれば、必ず学ぶことができるという信念に基づいている。子どもがもし学べていなかったり、不登校の状態にあったりするのは、教師や学校に問題があるのだとする研究の蓄積がアメリカにはある。子ども一人ひとりが抱える問題に、教師もコミュニティも寄り添って、子ども自身が見守られているという気持ちになって初めてWell-beingになれるのだ。
主観主義に立った研究
現在の日本の学校教育において、教育委員会から校長や教員の資質として求められているのは、いかに学校をマネジメントしていくか、学校をどうまとめていくかということ。まずはその求めるところを変えなくてはいけないという。
日本でも校長のリーダーシップに関する研究は相当数あるが、点数で測ろうとする実証主義がほとんどで、津田さんのように「一人ひとりの子どもを大事にしよう」という主観主義に立った研究、論文は極めて少ないのだという。アメリカでも1980年ころから理論闘争があり、だんだんと主観主義が意識・理解されるようになったことを実証している。
アメリカの専門家や校長に会って話を聞く調査もあり、博論と著書のために10回ほど現地に飛んだ。並行して日本でもいくつかの学校で現地調査を行った。また、300〜400にもなった海外の文献を取り寄せ、読み解くのにもかなりの体力と時間を要した。
博士号取得は、東大大学院入学から13年の後だった。その間、文句を言わず応援してくれた家族と、折々に励ましやアドバイスをくれた博士課程の5人の同期たちには感謝をしている。
高齢者も子どもと同じく皆学べるはず
今回の書籍はぜひ、文部科学省の役人、教育委員会の委員、そして全国の校長や副校長に読んでもらいたいという。84歳になるので教員として迎えてくれる大学はないかもしれないが、もし教育委員会の委員に選ばれたとしたら大いに生かせると自負している。
研究の延長でこれからやりたいこともある。現在アメリカでは、校長のリーダーシップに関わる専門職団体が連携し作成した、上記の5つのキーワードが組み込まれた2015年版「リーダーシップの専門職基準」が運用されているはずである。その運用状況と、その結果として子どもたちがどのように扱われ、どのように変化しているのかを、現地に行って調査したいという。
「その前に、今回の書籍を読んでいろいろと批評が出るはずです。特に実証主義的な立場をとる研究者や学会から批判的な意見が来るかもしれません。それに対して、しっかりと論陣を張れるように準備しておかなくてはならないと思っています」。
そして、生涯学習を念頭に置いて次のように締めくくった。
「All children can learnと書きましたが、自分も含め高齢者だって皆さん学ぶことができるはずです。その思いを信じてこれまでやってきました。ひとりで孤立していると、やりたい研究やっても疲れ果てて嫌になると思います。自分に閉じこもらず、研究室の人たちと積極的に交わり、進んで意見を聞くくらいがよいのではないでしょうか。私のいたゼミではそれが活発に行われていていました」。