博士号取得支援事業

博士号取得者インタビュー

2019(令和1)年度 博士号取得支援助成金授与

2020年3月 佛教大学博士号(文学)取得

林 竹人さん (取得時71歳)

【論文テーマ】

絵師 高田敬輔 けいほ が描く浄土の世界
―「選択集十六章之図」及び「無量寿経曼荼羅」を中心として―

林 竹人さん
第28回LLメンバーズ交流会にて松田妙子元理事長に報告。

生老病死の「四苦」から救われたい人の道標に

どん底から救われたいと仏の道に

 その風貌は、若い頃から数十年の修行を積んだ高僧のようにも見える林竹人さん。じつは、出家し僧侶の修行を始めたのは、定年退職した60歳のときだ。それまでは小学校の教員。大学卒業後青森県八戸市の根城小学校に赴任以来、教育委員会勤務も含め38年、子どもの教育に専念してきた。小学校の校長も4校務め、その中には、海外でも活躍したいという願いがかなった南米チリのサンチャゴ日本人学校長も含まれる。
 まさに充実した教員人生を歩み、満願の定年も近づいた56歳のとき、妻にがんが見つかり、わずか10か月で他界してしまった。その悲しみもまだ深い半年後、今度は自らにもがんを告知され、自分はなんて苦しい思いをしなくてはいけないのだろうと、どん底の気持ちだった。
 林さんは、生老病死の「四苦」から救われたいと仏の教えにすがり、58歳で佛教大学に入学。60歳の定年と同時に出家し、修行の道に入る。並行して、佛教大学大学院に進学し、高田敬輔が描いた曼荼羅絵図「選択集十六章之図」の研究を始めることになった。

「選択集十六章之図」の社会的意義

 江戸中期の絵師高田敬輔は町絵師ながら浄土教に精通し、浄土宗の根本聖典、法然の『選択本願念仏集』の教義を「選択集十六章之図」として描いている。また同時期に浄土宗の法典の一つ『無量寿経』を「無量寿経曼荼羅」として描き残している。仏教美術画として美術史的観点での先行研究はあったが、絵の内容や作者の意図を明確にした研究はなく、林さんは、これを掘り下げることで人々の役に立てると感じた。
 高田敬輔は京狩野派4代目 狩野永敬に師事して仁和寺に出入りした優れた絵師だった。しかし御用絵師にはならず、町絵師として、迷える一般の人々が念仏の功徳によって極楽往生できるよう、その手立てとして「選択集十六章之図」や「無量寿経曼荼羅」を描いた。その目的は、西方極楽浄土往生の様相を、文字の読めない庶民や初学の僧侶にも、絵を見せながら説いて分かるようにしたいと表現したものだった。木版刷りの掛軸として大量に複製され、全国各地に布教のため活用された。
 林さんは、「選択集十六章之図」の16場面、「無量寿経曼荼羅」の42場面、計58の絵相が、どの教義の何を根拠に描かれたのかを探求していった。

高田敬輔の思いを現代に引き継ぐ

 林さんがこの研究に没頭したのは学問のためだけではない。江戸時代に高田敬輔が考えたように、一般の人に1シーンごとにわかりやすく説法をすることで、どん底の思いをした自分と同じような人を苦しみから救ってあげられるのではないかと考えたからだ。
 博士課程に進学から7年後の71歳でみごとに博士号を取得するが、学位授与された2020年3月といえば、新型コロナ感染症が国内でもまさに急拡大し始めたとき。八戸市の林家の菩提寺である浄土宗天聖寺(てんしょうじ)の僧侶として所属はしているものの、研究成果を生かした法話を行う機会はなかなか訪れなかった。
 その間を利用し、約1000ページもある論文を一般の人向け冊子にアレンジすることに取り組んだ。できあがった冊子が写真の『一緒(いっしょ)に極楽浄土(ごくらくじょうど)に参(まい)りましょう』(林 竹人著、A5判、40ページ)だ。掛軸状の曼荼羅として描かれた原画の16の場面を切り分け、章ごとに順を追って修行のしかたを指導する形になっている。

掛軸状の曼荼羅(右)からシーンごとに切り出し(中)わかりやすく解説した小冊子。
高田敬輔の曼荼羅の前で法話をする林さん。
コロナ禍が去り、遠方からも法話の依頼が

 学位を取得した際に、71歳で博士号を取得した僧侶がいるということで、新聞3紙に記事が掲載されていた。そしてコロナ禍がおさまった2023年秋ころから始めた、わかりやすい冊子を使った法話が評判を得て、ホームの天聖寺だけでなく、市内の他の寺院、県内でも離れた津軽方面の寺院からも、冊子がほしいという打診や法話の依頼が来るようになった。
 新聞記事の読者から「人はいくつになっても目標と向上心を持つことが大切」と、まるで生涯学習開発財団の理念のような、自分の生き方を励ましてくれる投稿があった。林さんの次の目標は、「無量寿経曼荼羅」の42場面を一般向けの冊子にすること。
 「いずれ死は誰にでも平等に訪れます。より豊かな死を迎えるため、自分と同じような四苦に悩む方々に寄り添い、今やるべきことを疎かにせず、一日一日を精一杯生きる大切さを伝えていきたいです。一日の終りに、阿弥陀様に話しかける感じでその日の報告をして、自分がどういう生き方をしたかを確かめています」

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