博士号取得支援事業

博士号取得者インタビュー

2022(令和4)年度 博士号取得支援助成金授与

2023年9月 大阪大学博士号(文学)取得

玉村 紳 さん (取得時70歳)

【論文テーマ】

両大戦間期の日英両帝国経済圏をまたぐ「商品連鎖」
―越境するマガジ・ソーダとガラス製品―

玉村 紳氏

経済原理だけでなく、人と人の信頼や縁によって歴史は動いてきた

40年来のもやもやを定年後に問い直す

 玉村紳氏は名古屋工業大学在学中の1976年〜77年、国際ロータリー財団の奨学生としてアメリカのデトロイト工科大学に留学をした。大学3年時のオイルショックで就職口がなく、ダメもとで受けた留学生試験に通った。小さい頃から海外へのあこがれはあったが、正直「モラトリアムの社会勉強気分」だったという。
 ロータリークラブの友好親善活動で日本を紹介するために、G.B.Sansom著の『A History of Japan』 を読んだ。Sansomは戦前に外交官として来日して日本の文化に魅せられた人で、いつか調べたいと思いつつ40年。将来どうするか思案していた定年の2年前に、日英関係史を専門にしている阪大の秋田茂教授の存在を知った。面談を申し入れたのが定年後に研究の道に進むきっかけとなった。最初は修士までのつもりだったが、「病膏肓に入る」で博士号を目指すことに。

大戦間の日本とアフリカ、インドとの物流に注目

 昭和初期のインドを巡る日英経済史を俯瞰すると、当時の日本の輸出品で、圧倒的な主力である綿製品に続くのは、あまり知られていないガラス製品だった。原料のソーダは一体どこから? と気になったのが本研究のきっかけだ。
 第一次・第二次大戦間の日英貿易については、大恐慌後のブロック経済化による対立により自由貿易の衰退が進んだというのが一般的な見方である。しかし民間貿易では、両大戦間期にイギリスの植民地だったケニアなど東アフリカとインド、そして日本を結ぶサプライ&コモデティーチェーンが構築されていたことがわかった。東アフリカ産のマガジ・ソーダがアジア(インドおよび日本)に供給され、それを原料として製造されたガラス製品が日本→インド→東アフリカへと還流されていた。この点は、他には指摘している人がおらず、博士号研究としてのユニークネスが認められた。

ケニアにも渡航、文書調査と同時に歴史の現場を体感した。写真はマガジ湖畔に現在もあるソーダ工場とソーダ列車(本人撮影)。

グローバル史から地元四日市のグローカルにも

 玉村氏の出身地で現在も住む三重県四日市市は、日本を代表する化学工業地域だ。研究のキーワードであるマガジ・ソーダを使用した企業もある。
 「玉村家は近江商人の家系で、戦前には祖父が四日市の沖仲仕の元締めとして貿易の一部を担っていたこともあるのです。分野は『グローバル史』ですが、『リージョナル』『ローカル』へ、さらにファミリーヒストリーにもつながる研究であることに気づき、見逃されている関係性を洗い出して資料から検証してゆくという、地道な作業にも興味深く力を注ぐことができました」
 前職は、自由貿易のど真ん中といえる、日米合弁の通信サービス企業の技術営業職だった。それでも、ビジネスは単に「需要と供給」の経済原理のみによって動くものではなく、「人と人の信頼関係」や「縁」により決定される場面に多く立ち会ってきた。言い換えれば、個々の名もなき人々の営みと出会いが歴史を動かしてきたことに気づき、感動を覚えている。
 今日の自国経済優先主義や大国による経済活動圧迫などがある中、歴史的事実を提示することにより、開かれたアジア・太平洋の枠組みにアフリカ諸国を加えた経済発展の可能性を示唆しうるものだ。

「60の手習い」の勧めを発信していきたい

 研究の謎や疑問にアプローチしていくことは楽しかったが、学術研究の作法にのっとって相対化、体系化してゆくことに、自分の能力と60代の体力・精神力の 限界を感じることはしばしば。また、国立大学で少なからず税金を使って、その対価に見合う学術貢献ができるのかという葛藤も常にあったという。70歳で博士号を取得して、歴史学者としてのキャリアパスを望む訳でもない。それでも、高校の同窓会や名工大のOB会などで発表する機会には、「60の手習い」の勧めを発信していきたいと思っている。
 秋田教授からは「書籍化して完結だ」と発破をかけられており、博士論文をベースとした著作刊行の機会を探っている。また、地域社会への恩返しとして、中高生向けの歴史副読本を制作すること、個人的宿題として玉村家のファミリーヒストリーを整理することに役立てたい。
「けっして大きな成果とは言えないかも知れませんが、定年後でもこういうチャレンジする生き方があること、財団のようにそれを応援してくれる制度があることを伝えて、誰かの刺激になるとうれしいです」

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