博士号取得者インタビュー
2019年(令和1)年度 博士号取得支援助成金授与
2020年3月 東京都市大学博士号(工学)取得
坂槇義夫 さん (取得時55歳)
【論文テーマ】
木質ラーメン及び木質ラーメン内に耐力壁を設置した構面の許容せん断耐力評価に関する研究
仮説を立て、実証し、論文にまとめる作業は
会社の経営にも通じる
博士号取得後に社長に抜擢される
木造建築の強度を評価する研究で博士号を取得した坂槇義夫さん。インタビューの前夜、3・11以来となる最大震度5強の強い地震が首都圏を襲った。木造住宅の耐震性について、すでに専門家と言える坂槇さんに聞いた。
「木造住宅は、阪神淡路大震災での被害を教訓に、1999年の建築基準法改正で強化されました。同時期に住宅性能表示制度も新設され、耐震性能は格段に向上しました。2016年の熊本地震では多くの住宅が倒壊しましたが、住宅性能表示の耐震等級3の住宅で倒壊したものはないと国交省が報告しています。耐火についても条件付きで規制が緩和され、今後さまざまな用途の木造建築が増えると予想されます。木造の耐震・耐火性能については、会社としてもさらに研究を進めたいと思います」
坂槇さんは、博士号取得から約1年後の今年6月、住宅性能評価機関の役員の立場から、関連会社である建築確認会社の社長に抜擢された。
需要が高まる木造建築物
論文テーマの木質ラーメンとは、木造建築物の構造の一種で、垂直の柱と水平の梁を強固に接合することにより建物の剛性を保持するもの。鉄骨造や鉄筋コンクリート造と同様に空間や開口部を広く取れるのが特徴だ。また2010年に制定された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」を受け、中規模の建物や4階以上の中層建築物にも積極的に木質ラーメンが取り入れられるようになった。
阪神淡路大震災以来、木質構造の設計法も整備されてきたが、校舎などの中規模施設や、インナーガレージを有する住宅など、開口部の広い木質ラーメンの設計法は確立されているとは言い難い。その原因は、軸組、ツーバイフォー、プレハブ系など、種類が多く、各社まちまちの接合方法で、一部がラーメンで一部に耐力壁といった、混合の設計になっていることも多いからだ。本研究では、木質ラーメン内に耐力壁を設置する3つの方法を想定し、短期許容せん断耐力の算出方法を提案した。
研究を進めるうちに木造の魅力に惹かれて
もとは設計士として、鉄筋コンクリート造の建物を主に担当していたが、住宅性能評価機関に出向した際、木造の住宅性能評価に特化したい当時の社長の特命を受けて、木造建築の研究を始めることになった。東京都市大学の大橋好光先生を紹介され、勉強を始めるとだんだん面白くなるとともに、温もりを感じる木造の魅力に惹かれていった。特命からは10年ほど経っていたが、博士号取得にまで至った。
コロナ下のテレワークや移住が増えたこともあり、木造住宅は見直されているが、都市部ではまだ少ない。住宅以外のオフィス、幼稚園、老人ホームなどにも木質化が広がってほしいと考える。
本事業への申請が博士論文につながる
本支援事業は、海外で論文を出す機会に、齋藤年男さん(2018年度の支援合格者)と同席になり、教えてもらった。2度目の申請で合格となった。
「斎藤さんにも財団にも感謝しています。資金面で助かったのもありますが、申請をするにあたって研究内容を整理したことが、博士論文のまとめにも大変役立ったので、それにも感謝しています」
働きながら論文を書く大変さは身にしみて感じた。まず黄表紙(査読論文)3本を書くのが苦しかった。社命なので会社の実験データは利用できたが、それを解析するためのプログラム作りからすべて自分でやっていた。「周りからは「この役員は時間外や休日に、いったい何をやっているんだろう?」と思われていたかも。今思えば、公表して周りを研究に巻き込むべきだったかも」と言う。社長になって、若い社員にも博士号チャレンジを促している。
「仮説を立てて、実証をして、人に伝わるよう論文にまとめる作業というのは、そのまま会社の経営にもつながると感じています」
生涯学習情報誌 2021年11月号掲載記事より