2023(令和5)年度 選考決定証授与式
博士号取得支援事業 選考決定証授与式の様子と、合格者の皆さんのインタビューをご紹介します。
博士号取得支援決定をうけて
石橋丈史 (51歳)
佛教大学大学院 文学研究科/大山堂書店代表取締役
2024年3月博士号取得
【研究テーマ】 初期唯識思想から見た「楞伽経 」の成立史的研究
研究目的
4~5世紀に成立したインド大乗仏教の経典である「楞伽経」は、中国を経て日本にも伝わり、とりわけ禅宗に強い影響をおよぼした。経典の成立史を明らかにすることで、当時のインド由来の文化が日本にも根付いていることを文献的に明らかにできると考えた。唯一のテキストであるサンスクリット語の校訂本および、近年ネパールで発見された未読のサンスクリット語経典37種類の写本をイギリス、ドイツ、フランス等の大学図書館から取り寄せ、チベット語訳、漢訳テキストと対照させながら解読した。原型部分と後代の変容部分を確定しながら、どのように経典が変容し、受容されていったかを追跡し、成立時期と作者像を推察した。
合格のコメント
大学卒業後に新刊書店を経て古書店に入社し、2018年からは代表取締役を務める。仏教関係の書籍を充実させたいと勉強し始めたのがきっかけだった。仏教の文献学の面白さに出会い、マスターしたいと博士課程に入学したのが2012年。古典言語を習得するために別の学校に通い、写本の崩れた字体を解読できるまでに時間がかかったが、本支援事業に合格し、その苦労が報われた思いだ。研究成果を古書店の品揃えに活かし、本離れと言われる若い学生たちに本の魅力を発信していきたい。
加藤康一(75歳)
名古屋大学大学院 多元数理科学研究科
【研究テーマ】 結晶格子(トポロジカル・クリスタル)におけるスペクトル特性
研究目的
頂点と、頂点同士を結ぶ辺からなる図形をグラフと呼ぶ。大きく複雑に広がったグラフの中にある繰り返しの構造に着目して、小さくまとまったグラフで元のグラフの構造を表したものが結晶格子である。これは砂田利一氏が小谷元子氏と共同で詳しく研究され、特に新材料の開発などの応用において注目されている。私は結晶格子から定まる量(スペクトル)を調べ、そこに現れるフラットバンドやディラック錘と呼ばれる特殊なスペクトルについて、数学的に検討することを行なっている。このテーマには様々な種類の数学が関わり、また、応用科学とのつながりがあり、数学研究としてのおもしろみがあると思う。
合格のコメント
博士号取得をご支援いただきありがとうございます。私は高校国語教師をしながら大学夜間部で数学を学び始め、家族の協力のおかげで数学を続けてきました。ご支援は家族にとっても励ましです。私は数学に取り組むことで人間の叡智や自然の道理に触れ、また良い指導者や仲間と出会い、人生を豊かにすることができました。私の娘は社会経験を経て、今博士号取得を目指しています。親子で目標を達成し、生涯学び続けることの素晴らしさを人に伝えられるようにしたいと思います。
木村元太郎(59歳)
九州大学 大学院人文科学府 人文基礎専攻/浄土真宗聖心寺 住職/健和看護学院 非常勤講師
【研究テーマ】 『歎異抄』解釈の思想史的変遷とその存在意義
研究目的
『歎異抄(たんにしょう)』は、浄土真宗の開祖・親鸞聖人の教えを弟子である唯円が記したもので、他力の救いが説かれるテキストの一つである。本研究は『歎異抄』が歴史的にどう解釈されてきたかを精査し、その変遷とともに論じられた疑問などを踏まえつつ、現代社会における存在意義を明らかにする。とりわけ明治期に宗門内から一般へ公開されて以降は、あらゆる分野からの研究や関連書籍が出されているため、創造と伝承の両面を区別しながら丁寧に読み解く。 最初の大学(福岡大)は音楽に熱中し中退してしまったが、仏教の先生と出会って興味をもち、先生が亡くなったのを機に龍谷大へ編入して学ぶ。卒業後に福岡市の自宅でお寺を開くが、『歎異抄』の解釈が多岐にわたって乱れていると感じ、原点に戻って教えを伝えたい、と思ったのが研究のきっかけ。
合格のコメント
今から27年前に自身で開いたお寺は、いわゆる葬式仏教ではなく、教えを聞いてもらい、語り合うことで信仰を深めてもらうかたちをとる。何事もゼロからの出発であり、様々な苦労もあったことから、共に歩んでくれた仲間たちは、今回の合格をとても喜んでくれた。博士論文が受理された後は、それを分かりやすく本にまとめて、より多くの人に『歎異抄』本来の目的に触れてもらいたい。
曽根博文 (56歳)
公立大学大学院 基盤工学専攻 博士後期課程 単位取得退学/
材料系メーカー勤務/名古屋大学未来社会創造機構客員准教授
【研究テーマ】 競争優位獲得と持続的経営戦略におけるイノベーション過程の研究
〜死の谷克服におけるメカニズム研究及び構造化の考察〜
研究目的
日本の製造業は「失われた◯年」と言われ続け、その間にGDPは世界4位へと下がった。しかし、そんな中でも成功モデルとなる国内製造業はいくつも存在する。本研究では、そうした事例を掘り下げ、競争優位性の獲得と持続的経営戦略におけるイノベーション過程を明らかにし、日本の製造業における持続的成長可能な経営モデルを研究・提案する。「死の谷」とは、開発ステージと事業化ステージの間に生じる、資金や人材など様々な障壁を言う。死の谷を乗り越えた要因・メカニズムを明らかにし、ロールモデルを提案する。(研究対象に自社は含めない。また、事業化から産業化へのステージにおける障壁(ダーウィンの海)も含める)
合格のコメント
企業の中央研究所在籍時、周りに博士号取得者が何人もいて憧れがあった。5年連続5回目の応募で合格したので大変うれしく思う。最初のときは松田妙子元理事長も存命で、年令に関係なくはつらつと活躍されている姿を拝見し、あやかりたいと思った。大学の客員教員の立場としても、日本企業の素晴らしい姿を若い人に伝えたい。身近な社会人大学院生と励まし合い、論文執筆の時間確保や、仕事の効率化についての情報交換などもしながら進めている。
外谷 新 (59歳)
静岡大学大学院 自然科学系教育部(創造科学技術大学院)/浜松市役所勤務
【研究テーマ】自動運転時代に向けた高精度衛星測位技術による
道路地図情報の拡充と高度利用に関する研究
研究目的
自動運転を実現するためには高精度三次元地図(ダイナミックマップ)が必要になる。高精度三次元地図作成のためには測位システム(GNSS)や慣性計測装置(IMU)、レーザー光を利用したセンサー(LiDAR)等センサーフュージョン技術搭載のMMS(Mobile Mapping System)のような高額な装置が必要だ。本研究では、高精度衛星測位技術(RTK-GNSS)を利用し、プローブデータ(自動車の走行軌跡)を蓄積するシステムを構築した。それを用いて高精度三次元地図の車線リンクを更新する仕組みの実現可能性について研究する。高精度三次元地図更新の低コスト化、デジタル道路地図の精度向上による自動運転支援への応用が期待できる。
合格のコメント
経済産業省のイノベータ育成プログラムに参加し、人を巻き込む大切さを学んだ。地元の勉強会に参加するようになり、後の指導教官と出会った。自宅と職場の中間に静岡大学があり、いつかここで勉強したいと思っていたことがいま実現している。現役の市役所職員で、勤務しながらでも博士になれることを証明したいという思いでいたが、本支援事業に合格し背中を押された気分だ。今後は、領域を広げて研究を継続したい。若い方々との交流や研究が楽しみだ。
松井一樹(56歳)
北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術専攻/IT企業勤務
【研究テーマ】他者との関係についての認知メカニズムに着目した
EBPM向けの社会シミュレーションモデルの構築
研究目的
政策に基づく政策形成(EBPM: Evidence-Based Policy-making)が欧米や日本で注目されている。しかし、新型コロナ感染拡大時に各国でとられた政策では、必ずしもEBPMが効果を発揮できたとはいえない。今後、新型コロナ感染拡大時の外出自粛要請のような人々の行動変容を求める政策が、どうしたら受け入れられるかメカニズムの解明が重要である。本研究は、社会をミクロ(人々の行動)、メゾ(共通の価値意識)、マクロ(政策効果)のような構造で捉える制度生態系の考え方をベースに、社会における人々の他者の行動の影響による認知メカニズムに着目した新しいシミュレーションモデルを構築し、政策の受容性を事前に評価できるようにすることを目指す。
合格のコメント
将来的なパンデミック対策やエネルギー問題対応、自然災害時の対応などで、社会における人々がとる行動を予測して備えることで政策形成や制度の定着に貢献していきたい。これまでのIT分野での知見を社会に役立てるために、進化経済学という視点で人や社会を理解することを学問として身につけたく、博士号を目標とした。本支援が由緒ある事業であることを知り、身が引き締まる思いだ。
吉川貴則(53歳)
九州大学大学院 医学専攻/純真学園大学 准教授
【研究テーマ】体外循環灌流におけるpH(Potential of Hydrogen)管理が、脳循環及び脳組織におよぼす影響について
研究目的
心臓手術では体外循環による循環・呼吸代行が行われる。しかし、ヒトが必要とする血液、呼吸、体温維持を機械で行うだけでは間に合わないため、体温を30度以下にすることで、細胞の代謝を下げて対応している。それでも体温を戻したときに高次脳機能障害が発生するなど、脳の循環・代謝については十分に解明されていない。本研究はpH管理が高次脳機能障害発生に深く関与していると考え、さまざまなpH管理下での障害発生に関与する因子や発生機序を科学的に明らかにするのが目的。小動物に対する体外循環モデルを使用し、超低体温までの冷却と復温を行い、体外循環離脱後の脳波と脳組織の病理診断を行う。障害発生の減少、早期の社会復帰などが期待できる。
合格のコメント
臨床工学技士として心臓手術に関わっているが、ある患者の、手術は成功したのに意識が戻らないケースがあった。手術中の脳の代謝管理の重要性がわかり、脳の保護に有利なデバイスをつくりたいと考えた。そのデバイスはできたので、次に人体側の対策を考える研究に進んできた。医師ではないので医学部の大学院には入れないと思っていたが、無事に合格できた。動物実験のための資金が必要なため助成金はありがたい。