生涯学習情報誌

日本の技

インタビュー29 木工芸 須田賢司 インタビュー 29
木工芸 須田賢司

伝統が行き着く先のモダンを目指して伝統が行き着く先のモダンを目指して

祖父の代から3代続いてご活躍されている須田賢司さん。作品作りのために工房を東京から群馬県に移し、木工から漆、螺鈿(らでん)、金工まで、繊細な技術で独自の作風を磨き上げる。2014年に重要無形文化財(木工芸)保持者に認定された。

聞き手上野由美子

木工芸 須田賢司
須田賢司氏
1954年
東京北区に生まれる
1973年
東京都立工芸高等学校卒業。以後、父・桑翠に木工芸を、
    外祖父・山口春哉に漆芸を学ぶ
1975年
第22回日本伝統工芸展 初入選
1985年
第2回伝統工芸木竹展 文化庁長官賞受賞
1992年
工房を群馬県甘楽町に移転
2003年
群馬県総合表彰受賞
2006年
第53回日本伝統工芸展 朝日新聞社賞受賞
2008年
第55回日本伝統工芸展 日本工芸会保持者賞受賞
2010年
紫綬褒章受章
2014年
重要無形文化財「木工芸」保持者に認定

木の仕事場として最適な地へ

――なぜ東京から群馬県の甘楽町に移ったのですか。

 この仕事は、日常から材料となる多種多様な木を手元に置いて、じっくり見ながら考えることが大切なのです。そうしたことが自然にできる広い場所であること、また仕事場として乾燥した環境にあること。その2つの条件が満たされていたのが甘楽町でした。

――親の仕事を見て自然にこの道に入ったのですか。

 そうですね。幼いころは父の仕事場が私にとって唯一の遊び場でした。仕事をする父の指先を見ながら、木の端材を電車に見立てて遊ぶなど、日々の暮らしの中でその生き方を身に着けていったような気がします。祖父は、何か手に職をつけようと偶然木工芸に出逢い、父はその長男として後を継ぐのが当然だったのでしょう。3代目の私は、後を継げとは言われなかったけれども、自らこの道を選んだ、言わば必然だったのかなと、最近は感じています。

祖父や父の生き方を工房の名に込める

――お父様やお祖父様から影響を受けたことは。

 祖父・桑月は宮大工から出発し、指物師に転じた人でした。その正統的な木工技術を受け継いだ父・桑翠は戦前、好事家たちのために調度品を作っていたのですが、戦後は彼ら富裕層の没落により仕事が激減しました。元々、学究肌だった父は、職人に甘んじることなく、木工藝家としての道を歩み始め、正倉院以来、連綿と続く正統的な木工藝を息子である私に伝えてくれました。

 私は常々、「工芸=クラフトではない」と話すのです。作品にしても家具や調度品などの実用品に留まらず、むしろ鑑賞することに重きを置き、それを手にした人が心を落ち着かせることができる。日常の道具に機能以上の美を見いだし楽しめる。それこそが日本の工藝であると考えます。長い過去の伝統を背負いながらその結果としての最先端。トレンドではなくモダン。それが私の目指す木工藝の境地なのです。

 その思いは『清雅』の名に込められています。『清』は木工藝一筋だった父のピュアな生き方として自らの胸に刻み、『雅』は季節ごとに軸を替え、花を生け、茶を嗜む父の後ろ姿を、雅味のある生き方として捉えました。この2つの精神を作品に反映していくことが、今の私の創作活動の礎となっています。

大切な木から引き出す瑞々しい表情

――どの作品も木目が素敵ですね。

 とりわけ小箪笥のような小さいものは、木目が作品全体の表情を決定づけます。大好きな漢詩から名付けた「水光接天」は、銘木店の片隅で埃をかぶっていた栃の木との出会いからでした。試しに少し削ってみると、まるで月に輝く水面のような杢が現れたのです。さらに黒漆で仕上げをすると、まさに輝く水面が現れました。稜線には直径1㎜程の白い螺鈿を埋めた漆黒の柿材をあしらい全体を引き締めました。この種の箪笥に不可欠な蝶番や鍵のような銀金具は、杢と競合しないように努めてシンプルに仕上げました。このように自作の金具類をつけていることも、私の作品の大きな特徴です。

 「陸離」では、指物のセオリーから逸脱した試みをしています。中央の金具の左右で材の木目の向きを変えて配し、各面の光沢が見る向きによって違ってくるという効果が得られました。木目に沿った縦方向と横方向では木の収縮率が違うため仕事としては難しいのですが、経験上この楓は寸法安定性に優れていることを知っていたのであえてトライしました。

――材料の木は何年くらい乾燥させるのですか。

 最低10年以上ですね。単に乾かすというよりも、ワインを熟成させるような感覚です。木を切るのは11月から2月くらいの、木が冬眠状態にある時期が良いとされています。

――技術の継承はどうされていますか。

 そういう意味でも、この清雅はあるのです。今年の1月から、40〜50代の木工藝家5名と勉強会を始めました。彼らと、木工藝の普及も兼ねて、日本橋の三越でグループ展を開催することになっています。 清雅のギャラリー公開は、土・日の10時から16時です。週末に気軽に立ち寄っていただけたらうれしいです。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

「日本の技」トップへ戻る