生涯学習情報誌

日本の技

インタビュー26 漆芸(螺鈿(らでん)) 中條伊穗理氏インタビュー 26
漆芸(螺鈿(らでん)) 中條伊穗理氏

失敗を恐れず、伸びやかさを大切にして表現したい失敗を恐れず、伸びやかさを大切にして表現したい

螺鈿は、奈良時代に遣唐使が中国から持ち帰ったといわれ、長い歴史を誇る伝統工芸である。その螺鈿に身近な動植物などのモチーフで新風を吹き込んでいるのが、中條伊穗理(なかじょういおり)さんだ。

聞き手上野由美子

漆芸(螺鈿(らでん)) 中條伊穗理氏
中條伊穗理氏
1966年
神奈川県に生まれる
1992年
石川県立輪島漆芸技術研修所専修科卒業
1993年
第10回日本伝統漆芸展初入選 以後21回入選
1995年
石川県立輪島漆芸技術研修所蒔絵科卒業
1996年
重要無形文化財(螺鈿)保持者北村昭斎氏に師事(〜1999年)
2000年
第17回日本伝統漆芸展 朝日新聞社賞
第47回日本伝統工芸展初入選 以後12回入選
2007年
第47回伝統工芸新作展(現 東日本伝統工芸展)初入選 以後9回入選
2010年
第28回日本伝統漆芸展 輪島漆芸美術館賞
2011年
第29回日本伝統漆芸展 朝日新聞社賞
2012年
第52回東日本伝統工芸展 日本工芸会東日本支部賞
2016年
第33回日本伝統漆芸展 輪島漆芸美術館賞
2017年
築地久弥・中條伊穗理 漆芸展「漆を纏い 螺鈿が煌めく」

回り道をした分、楽しくて仕方がなかった漆の授業

――漆芸・螺鈿に興味を持ったきっかけは何ですか。

 小学校の卒業文集に、意味が分かっていたのかは思い出せないのですが、「十年後は工芸作家になっている」と書いています。小さい頃から生き物が大好きで、毎日虫や魚を追っ掛けているような子供でした。作品に動植物が多いのはその影響です。

 実際に漆芸に決めたのは、藝大受験中に、音丸耕堂先生と松田権六先生の回顧展を観て、「漆っていいなぁ」と思ったからです。結局藝大には行けず、輪島漆芸技術研修所に行くことになりましたが、4年足踏みをした反動もあり、漆の授業は楽しくて楽しくて。顔や体がひどくかぶれても平気なくらい楽しかったです。研修所で6年間学び、95年に蒔絵科を卒業、文化庁芸術家国内研修員に選ばれたのを機に、奈良の北村昭斎先生に師事しました。螺鈿はそれからです。先生は、重要無形文化財(螺鈿)保持者で、春日大社や正倉院の宝物などの修復もされています。

──中條さんの作品にも正倉院の流れを感じます。

 そうですね。初めは正倉院の宝物を古臭いと思っていたのですが、「これを作った当時の人が、日常生活の中で見ていたそのままを描いているんだ。今私が見ている世界と同じなんだ」と、ストンと心にはまった時から、宝物の鳥や動物が生き生きと鳴いたり走り始めたのです。それから「私もこんな作品を作りたい」と思いました。いざ作ろうとすると画力も技術もまだまだで、悔しいばかりですが。

いろいろなものを見て、幸せな時間を形にする

──ユニークなモチーフの源泉は何ですか。

 身近な好きなもの、たとえば「ロンド」のモチーフは、足の曲ったヒナ鳥のピーちゃんです。うちには5か月しかいませんでしたが、心を通わせ合った幸せな時間を形にしました。制作中は、ずっとピーちゃんと会う事ができますから。「游」は、子供の頃に川の中をのぞいて「いた!!」と、手にした網をギュッと握り直す時のワクワクした私の気持ちを形にしたものです。薔薇は正倉院の五弦琵琶に描かれている、私のあこがれのモチーフ。私の中にも取り入れたくて、庭で育てて毎日見ています。

 自然の中だけでなく、いろいろなものを見て、感じる機会も増やしています。「フランス人間国宝展」や山梨県のアフリカンアートミュージアムにも行って、鑑賞しました。「チワラ」や「カメレオン」はアフリカンアートがヒントです。伝統工芸ではないのではと言われることもありますが。

仕上げのときは、まるで恋をしているような状態に

――螺鈿の材料や制作工程を教えてください。

 貝は、アワビ、夜光貝、白蝶貝、アコヤ貝など。生産地によって色合いや雰囲気が異なります。厚貝は貝を研磨して切り出すもので厚さ1~2mm、乳白色に真珠様の輝きが特長です。薄貝は0.2mm程度、青やピンクの鮮やかな輝きが特長です。私の作品は主に厚貝を用いますが、葉っぱなどの細かなものまで、下絵を厚貝の使いたい場所に貼って、一片一片糸ノコで切り出します。

 器の表面が平面の場合は、貝を貼りその厚み分、漆と地の粉を混ぜたもので埋めます。曲面の場合は、漆の表面を絵柄と同じ形に彫り込んでから貝片を嵌め込みます。どちらも、塗りと研ぎを何度も繰り返します。

──中條さんの思いが作品から伝わってきますね。

 若いころはカッコイイものを作りたいと力んだり、あと一歩で完成という時に緊張したりして、その硬さが作品に現れていましたが、最近は失敗をあまり怖がらず、伸びやかさを大事にしています。

 生き物をモチーフにした時は、仕上げの段階で、恋をしているように、早くでき上がった作品に会いたくてドキドキワクワクしてしまいます。感情が昂って涙が出ることもあります。思いを込めると、不思議とその熱は伝わってくれますね。

 この春、漆芸展を共催した夫の築地久弥さんは、曲面を活かした造形と塗りや蒔絵が得意分野。いつか共同制作の作品もやってみたいという。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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