生涯学習情報誌

日本の技

インタビュー24 金工 竹花万貴氏インタビュー 24
金工 竹花万貴氏

虫や鳥の帯留で、着物に独自の物語を生み出す虫や鳥の帯留で、着物に独自の物語を生み出す

古い着物と帯に日本刺繍で命を吹き込み、ユニークな彫金帯留で独自の自然観を表現する竹花万貴氏。作品はまるで着物を舞台にして、一つの物語がつくられているようだ。今号の前編では、竹花氏創作の彫金帯留に焦点を当てて紹介する。

聞き手上野由美子

金工 竹花万貴氏
竹花万貴氏
1968年
代々木デザイナー学院 ジュエリーデザイン研究科卒業
1980年
銀花ギャラリーにて個展「骨董ジュエリーの試み」
1982年
銀座松屋にて個展「骨董ジュエリーの試みⅡ」
1988年
ギャラリー三幸にて個展「印象・能」
2001年
第30回伝統工芸日本金工展初入選「つばめ」「かたつむり」
2003年
第49回日本伝統工芸展初入選「かまきり」
2007年
個展「彫金帯留・わが身より あこがれいずる」銀座ミキモト
2008年
第37回伝統工芸日本金工展「蟹」日本工芸会賞受賞
2013年
個展「ジャポニズムに想う-彫金帯留」銀座ミキモト
2014年
第43回伝統工芸日本金工展「ざくろ」宗桂会賞受賞
2015年
第44回伝統工芸日本金工展「朝顔」東京都教育委員会賞受賞
他数多くの入選をはたす。
現在
日本工芸会正会員

ジュエリーから彫金への転機となった師との出会い

――刺繍帯と合わせた彫金帯留が竹花さんの特徴ですが、この方向に進んだきっかけは何でしたか。
 小学生の頃から刺繍は好きで、友達の誕生日などに刺繍を施したハンカチや母の日にエプロンを贈っていました。そして宝石箱を作りながら、自分にしかできないアクセサリーを創りたいと夢想していたことが彫金に進むきっかけでした。また、骨董にも興味があり、初期の頃は骨董と金属と組み合わせた作品づくりが主で、1980年の個展「骨董ジュエリーの試み」、82年の「骨董ジュエリーの試みⅡ」が初期の作品発表の場となりました。

――そして、師との出会いもあったのですね。

 はい。80年の「骨董ジュエリーの試み」に染色家の久保田一竹先生が来てくださり、亡くなられる2003年まで、先生の着物の装身具などの制作にたずさわりました。その間は先生の注文に応えるのが精一杯でした。

 もうひと方、81年から師事した浅井盛征先生により、伝統工芸の奥深さを学び、ジュエリーから彫金への転機となりました。

小さな生き物への感動を作品のモチーフに

――作品のモチーフはどのように決めるのですか。

 周囲の自然から思い浮かぶことが多いです。19世紀にヨーロッパでブームとなったジャポニズムは、単に日本的構図やモチーフに魅せられただけでなく、日本人独特の自然の捉え方に感動したと言われています。私もそう思います。特に清少納言の「枕草子」や和泉式部などの自然を捉えた世界が好きです。厳しい大自然の中で、ひそやかに息づく、か弱いけれど凛々しい小さな生き物たちに感動を覚えます。その感動の記憶から、直感的に作品のイメージが浮かんできます。

 小鳥のさえずりや虫の音、水や風の音、季節の移ろいを感じながら制作するようにしています。

――たしかに兜虫や蟷螂(かまきり)など、着物には珍しいですね。

 着物や帯はもともと花柄が多く、そのイメージに合わせると平板なものになってしまいます。わたし独自の物語を生み出すために、虫や鳥を素材にすることが多いです。「かまきり」は着物の柄が虫の行列でした。帯がすすき柄。虫が月に向かって行進しているイメージが浮かびました。それで、この辺にかまきりのような、ちょっと怪しいやつがいたらいいかなと。

多種多様な材料と工程で日本人独特の自然観を写す

――材料や作業工程を教えてください。

 彫金に使う金属素材は金、銀、赤銅、黒味銅、黄銅(真鍮)、四分一などです。四分一は金・銀・銅の合金で硬く、銀の配合比率が4分の1のため、こう呼ばれています。金属で出せる色は少ないのですが、グラデーションなども工夫して表現します。見る方の想像力にも助けられています。

①デザインスケッチをしたら、②粘土で立体化して形に無理がないか確認します。加工は、③最初に地金の裏から丸味を出した後、④表側から鏨(たがね)を使って打出しを始めます。だいたい形ができたら、⑤色を変えたいところに別の金属をロウ付けし、⑥仕上がりの形に沿って切り取ります。⑦ヤスリで整えた後、細部の象嵌(ぞうがん)や、つくり、彫りを重ね、⑧入念に炭研ぎをして、薬剤を溶かした煮液で煮込み、色を出します。

――いろんな種類の鏨があるのですね。

 鏨は彫金の命とも言える道具です。太いものから細いものまで。先が丸いもの、平たいもの。打ち出し用や象嵌用など、その時必要な鏨を駆使しています。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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