生涯学習情報誌
日本の技
インタビュー 16
人形 杉浦美智子氏
人形づくりの魅力は、人体を使いこなした表現にある
杉浦さんの作品「船出」は、第63回日本伝統工芸展で「東京都知事賞」を受賞した。その作品は、人形づくりの伝統的技法である桐塑紙貼(とうそかみばり)で成形したものに、染色した極薄の和紙を貼って仕上げる。
(聞き手上野由美子)
杉浦美智子氏
- 1954年
- 山梨県富士河口湖町に生まれる
- 1996年
- 重要無形文化財保持者 秋山信子氏に師事
- 1999年
- 伝統工芸人形展にて「秋想」が文化庁長官賞受賞
- 2004年
- 日本伝統工芸展にて「想風」が日本工芸会新人賞受賞
- 2008年
- 日本伝統工芸展にて「おぼろ月夜」が日本工芸会賞
- 2010年
- 伝統工芸人形展にて「くるくる」が朝日新聞社賞受賞
- 2011年
- 東日本伝統工芸展にて「モメント」が宮城県知事賞受賞
- 2014年
- 伝統工芸人形展にて「想」が文化庁長官賞受賞
- 2016年
- 日本伝統工芸展にて「船出」が東京都知事賞受賞
人間国宝 秋山信子先生との出会い
──ずっと人形作りに取り組んでいたわけではなくて、一時期中断されていたとか。
小さい頃から人形が好きでしたが、最初はあくまで趣味の延長でした。OL時代のことですが、石膏で作っていたため、重いし壊れやすいし大変でした。その後、石塑粘土が商品化され、カルチャー人気にも乗って粘土人形づくりの講座がたくさんできたのです。私もそこで教壇に立ちました。ですから「カルチャースクールで教えてます」とは言ってましたが、人形を生業にするとか、人生をかけて打ち込むようなものではなかったです。
本格的に取り組もうと思ったのは、人間国宝の秋山信子先生との出会いからです。子育てが終わって「また作りたいな」と思って行ったのが秋山先生のところで、先生の人形にかける姿勢を見て、人形を作ることの意味や価値を感じました。「人形を作っています」と言っていいんだと。桐塑を始めたのもそこからです。
理想の形をまずデッサンで決めていく
──一般的には遅いスタートで、苦労はありましたか。
私は美術系の大学を出ていないので、当初はデッサンをせずに人形を作っていました。でも10年程前、展覧会で審査員から酷評されたことをきっかけに、デッサンをしてみようと思いました。デッサンをすると空間内に立体がどのように収まっているかがわかって、そこに私の作りたいものが、形としてどう存在すれば良いか見えてくるんですね。その中に人体を当てはめていくのが私の手法となりました。
──理想の形を先に決めるのですね。
はい。たとえば足ですが、人間の足は歩くために2本に分かれています。でも、そのまま形にすると不安定で落ち着きがないのです。そこで服を着せたり、つま先立ちにしたり、2本の足をくっつけて1本にしたりすることで形をきれいにおさめます。
以前は、まるで生きてるようなリアルな人形が良いとされていたのですが、人形とは言っても、そのままの具象表現ではなくて、私は変形と言ってますけど、見た人がより共感しやすい形で表現する方が、現代においては人の心を受け止めやすいと思っています。
顔にもまゆ毛は入れません。眉を描くと急に現実的になってしまいます。目もほとんど線の表現で、そのほうが見る人の気持ちを投影できるんです。
──作品のモチーフは女性が多いようですが。
女性はスカートや着物で足の形をおさめやすいのもありますが、一般的に女性の方が表情が豊かで面白いので、見た人に何かを感じてもらえるようにと考えると、女性の方が表現しやすいですね。でも、これからは男性もやってみようかな。
見る人の思いに寄り添える人形を
──制作工程で特に気をつけている点はどこですか。
人形は顔が命と言われたりしますが、桐塑の一粒で変わるので、付けたり取ったりします。表情で喜怒哀楽を作り込むことはしないんですけど、首から肩にかけてのかしげ方で表現しています。
表面の仕上げは、一般的には雛人形に代表される胡粉塗りが多いのですが、少し固く冷たく感じるので、温かみのある和紙張りを、私は採用しています。人形に直接彩色はしないで、和紙を染めて貼っていくんです。肌には3重か4重に貼ります。糊を付けてかぶせて、動かし動かししながら貼っていく。だから立体面に平面の和紙が貼れるんです。それは和紙でないとダメなんです。
空気中の毛くずが着いて、濡れてる時はわからないのが乾くと見えるんです。いっきに2重3重に貼ると乾いた後とれなくなるので、貼っては乾かしてを繰り返し、1体に2カ月はかかります。仕上がりの質感が微妙に違うので、私の感性と合う和紙を探すのも一苦労です。
──東京都知事賞を受賞された「船出」も、「繊細な作業を積み重ねた所からの優しさ」と評されていますね。
ありがとうございます。女性の伸ばした右手には「前に進む強い意志」、胸に当てた左手には「航海の無事を祈る心」を込めた作品です。航海は人生。見る人が思いを重ね、それに寄り添っていける人形を、これからも作っていきたいです。
聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。