生涯学習情報誌
日本の技
インタビュー 10
鍛金 大角幸枝氏
伝統技術は、生活の中で使われてこそ意味がある
「鍛金」で女性初の人間国宝に認定された大角幸枝さん。道具にこだわり、鍛金、彫金、布目象嵌という3つの技術を組み合わせて自分の形を表現、金工に対する評価の高い海外で日本の伝統工芸を広めている。
(聞き手上野由美子)
大角幸枝氏
- 1969年
- 東京藝術大学卒業
鹿島一谷、関谷四郎、桂盛行に師事 - 1986年
- 第33回日本伝統工芸展 日本工芸会奨励賞
- 1987年
- 第34回日本伝統工芸展 日本工芸会総裁賞
- 1991年
- 第1回香取正彦賞
第4回MOA岡田茂吉賞展 優秀賞 - 1998年
- 第28回伝統工芸日本金工展 日本工芸会賞
- 2009年
- 第56回日本伝統工芸展 日本工芸会保持者賞
- 2010年
- 紫綬褒章受章
第17回岡田茂吉賞展 MOA美術館賞 - 2014年
- 第61回日本伝統工芸展 日本工芸会保持者賞
第1回米国立スミソニアン協会客員作家に選定される - 2015年
- 重要無形文化財保持者(人間国宝)認定
使えるものがいいから、と工芸の道へ
――鍛金では女性初の人間国宝に認定されましたが。
職人の世界は特に男社会だったからしかたありませんが、そろそろ女性初とか珍しがられない世の中になって欲しいですね。作ったのが女だとか男だとか関係なく、作品を見ていただければと思います。
実は、鍛金で認定されたのは意外でした。元々私は彫金をやっていて、ボディは鍛金専門の人に作ってもらっていました。途中からボディも自分で作りたいと始めたのですが、両方を自分でやる人は少ないんですよ。
――金工に惹かれたきっかけは何ですか。
東京藝術大学に入ってからです。何か美術に関係する仕事はしたかったのだけど、やるなら西洋じゃなくて東洋文化だな、使えるものがいいから工芸かな。で、いろいろ体験してみて、陶芸は土が掴みどころなく感じたり、漆はかぶれたので外したり、消去法と人がやっているのを見て面白そうに感じたのがきっかけでした。芸術学科の卒業生は研究家や学芸員になる人が多く、私のように作家になるのは珍しいんです。
――たくさん道具を使うのですね
そう見えますか。師匠から「道具は少ないほうが良い」と教えられていて、私は少ない方だと思っているのですが。でも工芸に道具は欠かせません。たまたま昨日テレビの取材があって、このヤスリを作っている職人さんが主人公で、私はその道具を使っている作家という立場でした。私が作りたい作品に合わせた微妙なカーブのヤスリを作ってくれる、東京に1人しかいないトキみたいな職人さんです。良い道具がなくなると、私も思い通りの作品ができないかもしれないわけです。
風や波から自分の形を見出す
――作品の制作工程を教えてください。
「渡海」の場合だと、まずは船をイメージしてスケッチします。素材の銀板は厚さ1.2mm、金鎚で叩いて伸ばして形を作っていきます。焼鈍して柔らかにするために度々熱をかけます。形を作る際に重要なのが、金鎚のほかにも、出したい曲線に合う当金(あてがね)やヤスリなどの道具なんです。形によりますが、ここまでで数か月かかります。船の形ができるとスミで下絵を描きます。角度を変えながら3重に鏨(たがね)で布目切りをした後に、鉛箔や金箔を柳鏨で叩いて象嵌してから不要部分を切り剥がします。さらに金槌で箔を叩き込みます。最後に炭で研ぎ、鉛の色を変化させて濃淡を付けていきます。鍛金、彫金、布目象嵌という3つの技術をそれぞれの先生から学び、組み合わせて自分の表現にしてきました。
――風や波など明確な形のないモチーフが多いですね。
そうですね。例えば誰が見てもわかる花の美しさをそのまま写すよりも、形をとどめない風や波から自分の形を見出す方が面白いんです。色合いも、以前は様々な金属の色を活かした作品を作っていたのですが、飾りをそぎ落とし最後に残った、モノトーンと金による深味と品格ある表現に今は愛着を感じます。
――伝統文化の継承についてはどうお考えですか。
伝統技術と言っても、昔からあるだけでなく、現在に生きていないと意味がありません。鑑賞も使うことの一つではありますが、生活の中で使ってもらえるよう、講演やワークショップなども嫌がらずにやっていこうと思います。ただ、自分の作品を作る時間も大切なので、弟子は今は1人だけです。進歩しないと教えがいがないので、確実に育つと思える人だけですね。
外に出て、自分の世界を確立してほしい
――海外でも活動されていますね。
若い頃からインド、シルクロード、中東、エジプト、ブルガリアなどに行って文化や金工芸に触れていました。40代だった1988年に、文化庁の藝術家在外研修員としてロンドンに派遣された際、西洋から東洋文化を見ることで、バチッと目が覚めた経験をしました。
日本は陶芸王国と言われて、陶芸以外、特に金工はあまり知られていません。海外では生活の中で金属が担ってきた文化が違い、金属製のものを持てない人が陶磁器で代用したという歴史があり、金工に対する評価が高く、知識も皆さん豊富なんです。なので海外の方が反応がよく、展示しがいがありますね。
昨年、スミソニアン博物館で講演とワークショップ、展覧会を行ないました。アメリカは歴史が浅い国なので、日本の伝統工芸には興味を持ってもらえます。若い人も活発で、少しでも多く吸収しようとしています。日本人も積極的に外に出て、たくさん見て、自らの世界づくりに役立ててほしいですね。自分の世界が確立できれば、自分の表現ができるからです。生涯学習という意味では、学ぶ人にとっても、社会にとっても、世界が広がることで意義があるのではないでしょうか。
聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。