生涯学習情報誌

日本の技

インタビュー9 截金 江里朋子氏インタビュー 9
截金 江里朋子氏

専門職の人が作ったものに加飾するので、より良い作品に仕上げていく責任がある専門職の人が作ったものに加飾するので、より良い作品に仕上げていく責任がある

仏教伝来と共に大陸から日本に伝わった截金(きりかね)。その技術を伝承してきた数少ない截金師の一人である母親の技術を受け継ぎ、工芸における独自の創作活動を展開している江里朋子さん。次代に向けた新たな伝道師として、作品作りに挑戦している。

聞き手上野由美子

截金 江里朋子氏
江里朋子氏
1972年
仏師・江里康慧と截金師・江里佐代子(重要無形文化財保持者)の長女として京都に生まれる
1991年
京都芸術短期大学(現:京都造形大学)日本画専攻卒業後、本格的に母親から截金を習い始める
2001年
夫の郷里の福岡市へ移る
2009年
截金欄間 「季 皓々」作成(石巻市 森邸)
2010年
截金四季模様欄間作成(京都市 わざ永々棟)
2011年
截金鳳凰文様欄間作成(福岡市 料亭嵯峨野)
第58回日本伝統工芸展で日本工芸会新人賞受賞
2012年
第59回日本伝統工芸展で入選
2013年
第48回西部伝統工芸展で九州朝日放送賞受賞
2015年
日本橋三越本店で個展

一生をかけて截金の魅力や技術を広く世の中に伝えていきたい

――截金はお母様から習われたんですよね。偶然なんですが、私の母が江里さんのご両親の作品のファンで、以前に京都の工房を訪ねたことがあるんです。

 そうでしたか、ありがとうございます。子供のころ、両親を近くから見ていて、私にはこんな繊細な作品は絶対に作れないと思っていました。それでも興味はあったので母の手伝いから始め、最初の截金は、父の彫った仏像の台座に施した文様でした。集中力が必要で時間がかかる作業ですが、その分できた時の達成感や上達の喜びは大きくて、大学卒業後に正式に母から学び始めました。

――お母様は厳しかったですか。

 どちらかというと姿勢で示して、あとは自分で考えなさいという人でした。まだまだ勉強中で、2007年に母が亡くなってからは後継のプレッシャーも感じますが、教えられたものに自分なりの工夫や独創性を加えて、母がやってきたように、一生をかけて截金の魅力や技術を広く世の中に伝えていければと思っています。

――前回ご登場いただいた竹工芸の藤沼昇さんが、「截金師は皆さん穏やか。そうじゃなきゃできない仕事」とおっしゃっていましたが、どんな工程なのですか。

 主な材料は金箔やプラチナ箔です。箔は1万分の1ミリの薄さで、これを炭火で炙って1枚ずつ焼き合わせて、5、6枚重ねたものを使用します。重ね合わせることで柔軟性が生まれるんですね。
 次に、鹿皮を張った盤の上で竹製の刃で細く切ります。竹刀を使うのは静電気が起きにくいからですが、繊細な道具なので自分で篠竹を削って作ります。切った箔は最小で0.1ミリ幅。ほぼ糸状の箔を、膠(にかわ)と布海苔を混ぜた接着剤を含ませて筆で描きながら箔を導くように同時に貼っていく、本当に緊張する我慢のいる作業です。

時間を置くことで答えが見つかることもあるんです

――一つの作品にどのくらい時間をかけるのでしょう。

 実は何点か違う作品を平行して創っています。細かい作業なので、一つに集中し過ぎると客観的に見られなくなって、行き詰まったり迷ったりしがちです。また、仏像にしろ工芸作品にしろ、専門職の人が作ったものに加飾してより良くする責任があります。例えばこの漆器のホタルを1匹足すだけで、線を1本足すだけで全く雰囲気が変わることがあるため、どこまでやるか、どこで止めるかのせめぎあいもあります。時間を置くことで答えが見つかることもあるんですね。ですから、1週間でできるものもあれば、半年、1年とかかるものもあります。

――仏像と工芸作品との違いはありますか。

 仏像の加飾は決まりごとが多く、それに沿った文様や割付けをしなくてはいけないんです。ですので、父から注意を受けながら慎重にやっています。一方、小箱など工芸作品は、自分の思いや感動を表現しています。夕日、海、雪といった自然の美しさはもちろん、ときには子どもとの遊びの中からヒントを得ることもあります。工芸の創作は自由で楽しいですね。とはいえ基本は仏像です。仏様に施す技術であることを心に留めてやっていきたいですし、次世代にもその点は伝えたいです。

(上から)
截金香合「扇重ね」(2015年)
截金香合「宝珠」(2000年)
截金透塗「蛍平棗」(2000年)
年月を重ねると漆が透け、金がより鮮やかになる。

将来的には西洋建築とのコラボにも興味があります

――サンドウィッチガラスにも取り組まれているとか。

 そうなんです。世界最古の截金作品と言われる、大英博物館収蔵のアレキサンダー大王ゆかりのゴールドサンドイッチガラスの復元を試みています。古代にどうやって作られたのか、今でも解明されていない謎らしいですね。そんなロマンもあって挑戦しています。

――かつて仏教と共に大陸からやってきた截金が、日本発の新たな美となって、近い将来、再び大陸を魅了する時が来るかもしれませんね。

 截金の技術が伝承されているのは現在では日本だけですから、その伝道師となれればと思っています。現在、日本茶から抽出した特別な香水の箱に截金を施すコラボが進んでいて、海外向けに展開するそうです。また、母の最後の仕事が京都迎賓館の内装に截金を用いたものだったこともあり、将来的に西洋の建築とコラボする可能性にも興味があります。いまは生涯学習に対して開かれた時代ですから、国境や老若男女を超えて感動できる作品や技術を伝えていけるチャンスだと思っています。

朋子さんの夫・左座喜男さんが経営する茶道具店左座園2階の茶席「常楽苑」にて。ここを施工した建築工房・悠山想には当時、本誌で取材したこともある大工の池尾拓さんが在籍し、工事を通してご夫妻と顔見知りであることが判った。池尾さんはその後独立し、財団の助成先でもある全国大工志の会代表も務める。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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