生涯学習情報誌

日本の技

インタビュー8 竹工芸 藤沼 昇氏インタビュー 8 後編
竹工芸 藤沼 昇氏

高い志で次世代に文化を引き継ぎたい高い志で次世代に文化を引き継ぎたい

工芸家としての階段を一気に駆け上がった藤沼昇さん。苦しみの中で「気」と出会い、壁を乗り越え、いま、次世代に伝統文化を継承するため、好奇心を失わず作品作りに挑戦し続けている。

聞き手上野由美子

網代編盛籃「花筏」(2014年)
竹工芸 藤沼 昇氏
藤沼 昇氏
1945年
栃木県大田原市生まれ
1975年
竹工芸を始める
1986年
第33回日本伝統工芸展日本工芸会会長賞受賞
1992年
第39回日本伝統工芸展東京都知事賞受賞
1996年
東京国立近代美術館に〈束編花藍「気」〉が所蔵される
2004年
紫綬褒章受賞
2005年
ロサンゼルス日本文化会館にて個展
2008年
シカゴ美術館にてデモンストレーションを行う
2011年
シカゴ美術館にて個展
2012年
重要無形文化財(人間国宝)に認定
2014年
伊勢神宮に〈束編花藍「白連」〉献納
2015年
旭日小綬章受賞

竹とのしなやかな関係を構築

――「気」を意識するようになったきっかけは。

 独立して5、6年経過したころ、伝統工芸展に出品しても選外になることが続きました。悔しかったし、先輩作家たちの嫉妬ではないかと疑ったり、苦しい時期でした。そんな中で再度、日本文化を探求していくと、「気」に出会ったのです。気は見えないけどエナジーなんですね。気で人は動かされます。

――確かに作品からオーラを感じます。

 竹の編み方や形はどうだっていいんです。作品から何かを発していることが重要で、気を意識すると自然に見る人に伝わるんです。作る自分ができるだけ「気」を感じていられるような制作環境にしています。

――「気」という作品もありますが、この頃から竹との向き合い方にも変化が出ましたか。

 そうですね。竹の強さを力でねじ伏せようとするのではなく、その声を十分に聴こうとしました。そうすると会話が生まれ、竹とのしなやかな関係ができるようになりました。それからは、節があって従来の籠に使えない竹でもその節を生かしてデザインしたり、折れやすい竹だったら、その性質に合った作品作りをしていくなど、竹と寄り添う感じです。
 45歳のとき、人間国宝の飯塚小玕斎(しょうかんさい)が得意とした束編(たばねあみ)技法を参考に花籠を編んでいる時でした。自分の意志ではなく、何かに突き動かされるように手が勝手に動く感覚を体験しました。その時に生まれたのが、伝統技法にひねりの工夫を加えたオリジナルな編み方です。

時を経て海外で高い評価

――海外進出しようと思ったのはなぜですか。

 日本人として生きよう、日本文化の凄さを証明しようと思って始めたのですから、必然的に海外に向かったのでしょうね。私はアーティストですが、プロデュースもすれば、デザインもし、販売のことも考えます。作品が評価されればされるほど値段が上がってしまい、売りにくくなるというジレンマがありました。1,000万も2,000万もする作品はそうそうは売れませんから、小品を10個、20個作ったりしましたが、そういったことも限界があり、ならばと販売先を求めて海外に出ていったという理由もあります。

――で、実際に海外で認められて、シカゴ美術館や大英博物館にも作品が所蔵されるようになったのですね。

 そうですが、20年くらい前にこっちから話を持ちかけた際は、「いらない」と言われましたね。それから5年くらいの間に向こうの見方が変わったのか、エージェントが買いつけに来ました。竹の持つ伝わりやすさも影響しているかもしれません。その後、ロサンゼルスやシカゴでの個展やデモを経て、高い評価をいただくようになり感謝しています。

――アジアへも作品は広がっていますね。

昨年6月にシンガポールで開催された「わざの美―現代日本の工芸」に出品しました。日本の工芸の基本的な素晴らしさは伝わったと思いますが、工芸の真髄や価値を理解するには、もう少し時間がかかると感じました。

子供の笑顔が創作のパワー

――伝統技術の継承については、どうお考えですか。

 作る技術は継承できますが、創る技術は作家自身が開発するしかありません。それよりも、10歳以下の子供たちの感性に期待しています。大人は作家の技芸を評価しがちですが、子供は作家の心を読みとります。私の場合は子供の評価に心ときめきます。
 日本伝統工芸会東日本支部で2013年に、『伝統工芸ってなに?』という小中学生向けの入門書を発行しました。また、日本各地の小学生相手に出張授業をしていて、私は竹とんぼをいっしょに作るんです。


子供たちともいっしょに作る、
藤沼さん作のよく飛ぶ竹とんぼ。

――子供たちの反応はどうですか。

 よく飛ぶので大喜びです。その笑顔と感想から刺激を受け、日本のもの作りの奥深さをあらためて教えられています。それも創作のためのパワーになります。
 地元の大田原市でも、名誉市民の推挙を受け、その年金を財源に「藤沼昇 世界にはばたけ子ども未来夢基金」を設立することになりました。MOA美術館おおたわら児童作品展への出品と美術館見学をします。

――ご自身の今後の取り組みは。

 生き方や仕事に嘘をつくと自分にはバレますので、常に志を高い所におくように努めています。次世代の人たちが簡単に超えられない仕事を残していくつもりです。そのために好奇心を失わず、何でも挑戦したいです。超える壁が低いと、文化を引き継ぐ人たちだって飽きてしまいます。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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