生涯学習情報誌
日本の技
インタビュー 5
陶芸 中尾恭純氏、中尾 純氏
父子で追求する白磁・青白磁の美
佐賀県JR有田駅近くの中仙窯は中尾恭純さんと弟の英純さん、そして恭純さんの長男純さんで運営している。恭純さんは白磁に色鮮やかな象嵌が特徴的で、純さんは白磁と青白磁の美を追求している。
(聞き手上野由美子)
中尾恭純氏
- 1950年
- 佐賀県有田町生まれ
- 1971年
- 佐賀県窯業試験場にて人間国宝の井上萬治先生に5年間師事、ロクロ技術を継承1975年 日本伝統工芸展初入選以後32回入選
- 1996年
- 世界炎博覧会ストリートファニチャー賞受賞
- 2008年
- 九州山口陶磁展第一位文部科学大臣賞受賞
- 2013年
- 県政功労者・佐賀県知事表彰
中尾 純氏
- 1977年
- 佐賀県有田町生まれ
- 1999年
- 佐賀県立有田窯業大学卒業。人間国宝・井上萬治先生に7年8か月師事し、ロクロ技術を学ぶ
- 2009年
- 日本伝統工芸展初入選以後5回入選
- 2015年
- 西日本陶芸美術展西日本リビング新聞社賞
西部伝統工芸展朝日新聞社大賞受賞
注目してもらうために生み出した繊細な技
――彩色象嵌という独自な技法を生み出すきっかけは。
恭純▼人間国宝・井上萬二先生に師事した後、最初は白磁でロクロの形だけで見せる作品が中心でした。35年くらい前のある陶芸展で、評論家の先生から「有田の者は白磁しかできんのか?」と焚き付けられ、カチンと来た者の一人が私です。実際、有田には多種多様の陶芸家がいて、目を向けてもらうには何か変わったことをやらないとと思い、磁肌をスーっと切ってみました。初めての試みは、白磁の周囲に刻んだ呉須(ごす)の青い線です。アクセント程度のシンプルな線が次第に複雑化し、古典的な亀甲紋や四方襷(よもたすき)紋をアレンジした高度なものに発展していきました。
――具体的にはどういった作業をするのですか。
恭純▼磁肌の上に筆では出せない繊細な線模様を出すため、生地が軟らかいうちにフリーハンドで切り込み模様を入れ、ロウで際止めを施し、顔料を埋め込んでいきます。1色ごとにロウを焼き切り、それを繰り返しながら仕上げていきます。何度も繰り返していくと、仕上げの時にヒビが入ってしまうことがあるので、最近は何度もロウを焼き切らなくていいよう工夫をしています。
――完成すると、複雑な絵柄が浮き出ますね。
恭純▼同じ色でも、切り込みのあるところとないところでは違って出ます。交差する線は機械的ですが、縦糸と横糸が絡まった感じで、複雑な絵柄が浮き出ているように見えるでしょう。線の絡み合いが微妙な視覚効果を生み出し、実際に使っている色数以上の多彩な色合いを醸し出せるわけです。トルコのイスタンブールにある教会内で、タイルモザイク画を見たことがありますか。あの視覚効果は参考になります。
先輩が後輩を育てるのが有田流
――もう一つの点刻象嵌とは、どのようなものですか。
恭純▼磁肌が柔らかいうちに木綿針を使って、表面に点刻を施し、顔料を刷り込む技法です。近くで見てください。無数の針穴が確認できるでしょう。仕上がりは絵画の点描に似ています。細かい彩色工程は根気のいる作業となります。
――息子の純さんにこの技を伝授しないのですか。
恭純▼こんな面倒なことは他の誰もやりませんし、今後もやる陶芸家はいないでしょう。私の若い時は食べていくために、家を出て一人暮らしすることもできませんでした。だから息子には、一度家から出て窯業大学で学ぶよう勧めました。窯業大学や井上先生に学ばせてもらううちに、自然と職人の目つきに変わっていきました。有田は閉鎖的な部分もありますが、一生懸命作陶に励んでいれば、自然に先輩方が後輩を育ててくれる流れは、昔も今も変わりません。
磁器の新しい可能性に挑む
――純さんはどんな技術的工夫をされていますか。
純▼白磁・青白磁が中心ですが、ロクロで挽いた形状を適度に乾いた状態で、表面を削り落としたり、指を使って押し込んだりすることが多いです。
――今ロクロで使われているその道具は。
純▼ロクロを挽きながらヘラを使うのは磁器独特のものです。ヘラの材質は有田の岩山に自生するネジキ(捩木)という堅木です。50年ほどで直径が7~8㎝しか成長しないため数が少なく貴重品です。ヘラの厚みは作り手によって違いますが、私は薄く削って使っています。
ロクロで挽いている時は、指先を土に軽く添え、ヘラで土を伸ばしながら均一にしていき、形を確認していきます。仕上がりの寸法を決めるには内側の大きさがポイントになります。内側の大きさに応じて外側を削って、仕上りに近づけていくからです。外側を均等に削っていくには、事前にトンボという道具で測っておいた方が、先の作業に入り易いです。トンボで測って線を出すと、線を目安に内側の大きさが把握できるからです。
お皿を作る時は、土を伸ばすという感覚ではなく、反り上がった線を中心から徐々に落としていって形を整えていきます。
――第50回という節目の西部工芸展で大賞を獲られ、磁器の新しい可能性と評価されていますが。
純▼すごく励みになると同時に、これからが大変だなというプレッシャーもあります。焼き物はなかなか思う通りにはできませんが、10個に1個くらい想像していたよりいい物が焼き上がることがあるので、それが面白いところです。
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。