生涯学習情報誌
日本の技
インタビュー 2
友禅染め 坂和 清氏
染色の枠をこえてチャレンジしていく
友禅作家・坂和清氏の工房は、新宿区の神田川近くにある。そこは江戸時代に京都から来た着物職人が住み着き、東京友禅の産地として今に至っている。
(聞き手上野由美子)
坂和 清氏
- 1949年
- 東京神田三崎町に生まれる
- 1967年
- 父・坂和正春に師事し、友禅、型絵染めを学ぶ
- 1975年
- 正春死去により独立
- 1976年
- 第1回全日本新人染織展(奨励賞)
- 1978年
- 第3回全日本新人染織展(努力賞)
- 1983年〜
- 版画家・森義利先生に学ぶ
- 1989年
- 日本工芸会技術保存事業(茶屋染復原事業に参加)
- 1992年~
- 伝統工芸新作展、日本伝統工芸染織展に出品
- 1997年
- 日本伝統工芸展入選『風彩』
- 2000年
- 日本伝統工芸展入選『初秋の光』
- 2001年
- 銀座ポ-ラギャラリーにて個展
- 2002年〜
- 日本伝統工芸展、東日本伝統工芸展に出品 現在に至る
- 2015年
- 東日本伝統工芸展に出品 友禅訪問着『夕焼け雲』
丁寧な自然観察を工程に写しこむ
――友禅の制作工程は細かく分れているそうですが、そこの所から教えてください。
まずは図案を起こすところから始まります。写実的な柄、図案的な柄など多様ですが、いずれも写生が根底にあります。抽象的な図柄でも、自然を観察することでヒントを得ています。着物は季節に先駆けて制作しますので、常に季節の花や鳥、風景などを写生します。下書き、墨入れをして図案が完成します。
その後、糸目糊置きといって糊を絞り出しながら、生地に図案の輪郭を描いていきます。にじんだりしないよう糊を定着させる地入れという作業の後、輪郭の内側を細かく彩色します(友禅差し)。次は彩色した部分を糊で覆って、背景の生地を染めます(引き染め)。そして蒸して水洗いをして糊を落す。仕上げの紋章付けなども含めて12〜13工程あります。
工程ごとに職人がいるのですが、展覧会などに出すものはほとんど自分でやります。移動中の傷みを避けるのと、もう1色、もう1塗りなど、細かい調整をするためです。1作に数か月かけることもあります。
――彩色する染料はどのようにしているのですか。
原色となる5~6色を混ぜ合わせて小さな絵皿に1色ずつ作っておきます。作り置きはせずに、その都度、1色ずつ調合しているので、既製品にはない色を出せます。振袖など柄の多い着物には、100色程も色を使用することがあります。
構図や柄は品良く時代に合うように考える
――モチーフや絵柄はどうやって決めるのですか。
着る人の体型なども考慮し、着た時に自然に見える構図を考えます。出展の際は衣桁に掛けた時の見栄えも意識しますが、やはり着物は着てもらうのがうれしいですね。通常は着る人の年代や好みに合わせて、品の良い着物になるように心がけています。以前は歳を重ねるごとに渋い色にするのが定番でしたが、最近は自由になってきて良いことだと思います。
これはオーストラリアで見た「猫のひげ」という花がモチーフで、白い花がスッキリと映えるように背景を藍1色にしてみました(写真①)。この花を見た瞬間、「あっ、これは面白い」と感じました。写生は出会いの瞬間がすべてで、勝手に花がすーっと視覚に入ってきて、くっきりと見える感覚です。やはり花柄は好きな人が多いですね。花柄は一枚一枚をていねいにぼかし彩色するので、根気がいる作業となります(写真②)。
江戸時代に使われていた蓑の古典柄に宝尽くしを配して、現代に合うように配色や柄をアレンジしました(写真③)。江戸時代は着物の全盛期で参考になるものは多いです。ただ、当時の画風に囚われ過ぎると現代に合わなくなるので、注意しなければいけません。
部分的な見本を作って、色味や雰囲気を確認してから制作することもあります(写真④)。
小学校で染めの講座も担当
――伝統技術や日本文化の良さを次世代にどう受け継いでいってほしいですか。
私自身は、伝統や日本文化かどうかにこだわらず、生活の中で良いモノは良いと感じています。
活動としては、千代田区の2つの小学校で、5年生を対象に、ハンカチを自分で染めて完成させる講座を担当しています。「ふれあい広場」といって7、8年続けています。輪ゴムで縛って、4色の中から好きな色を選んでハンカチを染めます。熱湯で煮沸し、水洗いをし、最後にアイロンを掛けるところまでやります。煮沸や水洗いは友禅染めの蒸しや水洗いに相当します。子どもたちは大喜びします。日本文化の良さを感じたら、継承し残してもらえるのではないでしょうか。これから外国の子どもと触れ合う機会も多くなるでしょう。そういう時に、お互いの文化を紹介し交流してほしいですね。
――今後チャレンジしたいことはありますか。
年を追うごとに作風が明るくなってきたように、私の感性も少しずつ変化しています。また、お客様の好みも変わります。たとえば着物に合わせる帯の色は、以前は反対色だったのが、最近は同系色が主流になりました。これまでとは違った素材で制作したり、風景や目に見えないモノを描いたりしてみたいです。
今年の東日本伝統工芸展(4月15日〜20日、日本橋三越)に『夕焼け雲』という作品を出しました(写真⑤)。太陽は沈む時が一番華やかだと言われます。私も年齢的には夕陽の時代に入りましたが、染色という領域に囚われずチャレンジして、着物も私自身もますます輝いていきたいと思います。
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。