生涯学習情報誌
日本の技
インタビュー 1
陶芸 前田正博氏
洋絵具で塗り重ねた絵画のような色絵磁器
伝統的な陶芸の世界に、自由な発想で新風を送る前田正博氏。ボランティア活動にも熱心な氏の工房を訪れた。
(聞き手上野由美子)
前田正博氏
- 1948年
- 京都府久美浜町に生まれる
- 1975年
- 東京藝術大学大学院工藝科陶芸専攻終了
- 1983年
- 今日の日本の陶芸展出品
(ワシントン・スミソニアン博物館、ロンドン・ヴィクトリア&アルバート美術館) - 1992年
- 日本の陶芸「今」100選展出品(パリ、東京)
- 1998年
- 伝統工芸新作展奨励賞受賞
- 2005年
- 菊池ビエンナーレ展優秀賞受賞
- 2008年
- 智美術館大賞 現代の茶陶器展優秀賞受賞
(菊池寛実記念智美術館) - 2009年
- 日本伝統工芸展日本工芸会総裁賞受賞
- 2010年
- 岡田茂吉賞MOA美術館賞受賞
- 2011年
- 2010年度日本陶磁協会賞受賞
磁器では珍しい赤も使う
――なぜ陶芸の道に入ったのですか。
子供の頃から美術が好きでした。3浪してやっと東京芸大に入ったので、うっぷん晴らしというか、毎日が楽しくて、朝から晩までずっと学校で制作し、2年生までに絵画や彫刻、工芸一般をひと通り全部やったうえで陶芸を選びました。陶芸の工程は進むごとに変化するので、楽しく自分に向いているのではと思ったからです。
――前田さんの作品の赤や青の鮮やかな色使いが私は好きなのですが、食器では珍しいですよね。
一般に磁器は白っぽいイメージが強くて、特に白磁はクセがないから、逆に何でも試してみようと、赤のような彩色も使ってみるわけです。青は皆さんに好まれますね。器としては赤は採用されにくいのですが、自由に自分の思いを表現することを優先しています。
――第一人者になるまでにどんな努力をされましたか。
陶芸を始めた大学3年からずっと繋がっているんです。最初の1年くらいはまったくダメでしたが、繰り返し作っていくうちに、人に教えられるくらいにはなるのでしょう。粘土は扱いにくく、なかなか思うようになってくれません。窯に入れて焼いてみると、自分がイメージしたものとは違うものができてきます。「しょうがないな」とよく思いますが、それも面白いです。
それと、いろんなものを見るようにしています。古本屋で建築や昆虫などの図鑑を見たり、抽象絵画の展覧会に足を運んだりして刺激を受けています。
イメージが頭の中に姿を現してくるとまずはロクロに向かいます。ロクロを挽いて、形になったものを削って焼いて、作っていく工程でイメージを実際の形に近づけていきます。思ったように形にならなかった時でも、もう1回、またもう1回と、何度もチャレンジします。頭の中のイメージだけでは持続しません。 買っていただくとか、人より面白い物を作りたいという競争心もあって、進化していると思います。
お客様のためにも六本木に工房を置く
――日本の伝統文化としては、陶芸をどのように捉えていますか。
ヨーロッパ、アメリカ、アジアの国々を回りましたが、工芸は日本が一番だと感じます。伝統かどうかは時間が決めることですが、日本人の自分が日本で作っているのだから、日本の文化なんでしょうね。特に食器は自分が常日頃使ってきたものです。でも、こうだったらいいな、こんなのも面白いと、少しずつ変化させていきます。そうしたところに文化が表れるのかもしれません。
――なぜ、六本木に工房を構えたのですか。
東京のど真ん中だからです。私は京都府出身ですが、京都駅から3時間以上かかる田舎で、美術に関する情報もほとんどありませんでした。東京は刺激も多く、作陶へのヒントを得る機会が増えます。なによりお客様が来やすいし、友人にも陶器を作りたい人が多く、そうした要望に対応しやすい場所です。私の作陶だけではなく、陶芸教室の生徒さんも気軽に足を運べます。
――前田さん独自の、洋絵具を彩色に用いる手法を取り入れている理由は。
重ね塗りができることです。私の場合、マスキングテープを使って、彩色しては焼くという工程を5、6回繰り返します。和絵具だとガラス成分が多く入っていて、何度も焼くと剥離してしまうのです。油絵をやっていた大学時代から古いキャンバスに色をのせたり、削ったりしていましたから、やきものでも同じようなことができないかと洋絵具を用いる事にたどり着いたのです。そうやって、いろんな表現にトライしています。
使い手も遊び心で楽しんで
――食器は一般の人にも身近ですが、アート的な作品も考えておられますか。
人に買って使っていただくという点からも、作るものは器が主になります。何点か揃った数ものをロクロで挽く場合"トンボ"という道具で大きさを合わせていきます。コーヒーカップならばカップの角度、下に置くお皿とのバランスなどを考えて挽いていきます。磁器は焼くと縮みが激しいので蓋物も合わせが難しいです。皿も、尺を越す大きなものは値段が高くなります。やはり作るのが易しくはないからです。
用途のないものは無理ですね。アートと職人的思考は回路が違うんです。ただ、そこに在ることで、その場の雰囲気をもたせられる器というものはあります。絵画的な表現を食器という立体の中に取り込んできたのもそのひとつです。楽しんで遊び心で作った器なので、使う人も自由な発想で使っていいと思います。
――ボランティア活動もされているそうですね。
サントリー芸術財団の声かけで「おもしろびじゅつ教室in東北」という震災復興ボランティアで小学生に陶芸体験をしてもらっています。皿やそば猪口に切り絵の感覚で色をつけるのですが、みんな夢中になります。うちの陶芸教室でもそうですが、子供の発想は豊かで刺激を受けます。 上等の茶道具を使って小学生に茶道体験をしてもらう取り組みも、文化庁とMOA美術館の支援で行っており、私は陶芸の話をしています。
嘉門工藝さんの、お茶の魅力や日本文化を親しみやすく紹介できる茶籠セットも子供達に評判でした。
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。