生涯学習情報誌
ようこそ!和楽器の世界へ
十.和太鼓 Wadaiko
熱狂を生むリズム 世界へ羽ばたく
神事、祭礼から芸能、ゲームにまで。多種多様な場での活躍は伝統楽器随一と言える和太鼓。世界中で公演を重ねる井上良平さんが、歴史ある和太鼓の魅力と和楽器演奏への想いを語ります。
日本でも太鼓の歴史は古く、縄文期の遺跡からその原型と思われるものが出土している。楽器としての太鼓は、古墳時代に大陸から伝わったとされるが、非日常的な大音量は、狩りや戦の合図、宗教行事、祭礼などに広く用いられた。やがて歌舞伎など芸能の発達に伴い、楽器としても一般に広まっていった。
和太鼓の中で最も目にするのは、木をくり抜いた胴の両側に牛革を張り、多数の鋲で止めた長胴(ながどう)太鼓(宮太鼓)。全国の和太鼓保存会やサークルは約1万5000もあり、広く老若男女に愛好されている。地域イベントなどで演奏する機会も多くポピュラーだ。
能や歌舞伎で活躍するのが高音の締太鼓。一般的に打楽器は拍子を刻むのが役割だが、締太鼓は効果音として風や雪のシーンなどの表現もする。能では3大楽器(小鼓、大鼓、締太鼓)がそれぞれの掛け声を交差しながら、音楽的な表現をする独特な世界だ。
近年、太鼓アンサンブルや和楽器の現代的演奏で多く使われるのが、写真のような桶胴太鼓。比較的軽く、踊りながら演奏することも多い。
1970年代から、佐渡の鬼太鼓座(おんでこざ)や分派した鼓童(こどう)などが、和太鼓をメインとしたステージを海外で行い、逆輸入の形で日本でも見直され、人気が高まった。
奏者に聴いたその魅力
井上良平 Inoue Ryohei
井上兄弟の双子の兄。鬼太鼓座を経て、2000年、弟とともにAUNを結成。2006年、日本文化継承を伝える活動をニューヨークに広げ、マンハッタンでのライブ活動や、全米各地のフェスティバルへ参加。同年、外務省に招聘され、南米ガテマラ、コスタリカ、コロンビア・ツアーも展開。2010年から「桜プロジェクト」として全国100 校以上の小学校を訪問し、和楽器の演奏と桜の植樹を行っている。
私が高校3年のとき、音楽監督だった兄に誘われ雑用係として参加したのが鬼太鼓座です。ツアー直前にメンバーの欠員が出て、私と公平も1か月の猛練習をしてアメリカツアーに参加することになりました。そこで見たのは、カーネギーホールでロックコンサートのように観客を熱狂させる和太鼓の力でした。音楽に国境はないのです。
一方で、日本人ならではの感じ方もあります。私の母はピアノの先生で、家にはクラシックしか流れていませんでした。中学生になってからはロックばかり聴いていました。それでも、初めて和楽器演奏に触れたときに衝撃を受けました。ロックはやめて、雅楽をはじめ日本の音楽のテープをごっそり買い込んで、ひたすら聴きました。
和太鼓は、田畑を守る虫追い太鼓、雨乞い太鼓、 秋の収穫を祝う太鼓など、命に直結した音でした。 歓喜に満ちたリズムや、ときには悲しみの響きだったかもしれません。戦の陣太鼓だったこともあります。やがて芸能や祭囃子の楽器として発達し、長い時間を経て現代に伝わりました。初めて聞いてもどこか懐かしさを感じる。それが日本人にとっての和楽器の音色、魅力ではないでしょうか。
――和楽器演奏で伝えたいこと
AUN Jで「One Asia」と題した、カンボジア、ミャンマー、ラオス、シンガポール、そして東京オペラシティホールと、5年間にわたったアジアツアーで、アジア各地の30数名の民族楽器演奏者とコラボをし、「One Asia」というテーマを1か国ずつ丁寧に話をしながら、ぼくらの想いを伝えました。音楽を通して、各国が良い関係を築き、それが音楽に現れる奇跡を感じ取ることができました。
音楽に国境はない、けれどその音色に国籍はある。和楽器で世界の人を虜にしながら、日本人が自分の根に思いを馳せる機会も、提供し続けます。連載ご愛読ありがとうございました!
音を聴いてみよう!
シリーズでご紹介している和楽器の音色を聴くことができます。
第十回は「和太鼓」の演奏をお楽しみください。
監修者:AUNプロフィール
井上公平・井上良平。1969年大阪にて5人兄弟の末の双子として生まれる。1988年、和太鼓集団・鬼太鼓座(おんでござ)に出会い、高校卒業と同時に入座。2000年に「AUN」として独立。2009年、邦楽界で活躍する若手を集めて「AUN Jクラシック・オーケストラ」を結成。公演回数は国内外で1400回以上。子どもたちに日本文化の魅力を伝えるため、全国の小学校を訪問し、和楽器演奏と桜を植える活動もしている。
AUNの最新情報、ライブのご案内などは公式サイトをご覧ください。
http://www.aunj.jp