生涯学習情報誌

鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―

17. 夢に邁進する「悪ガキ」を探せ 17. 夢に邁進する「悪ガキ」を探せ

鬼塚 妹尾さんは今回書籍「世界は悪ガキを求めている」(東洋経済新報社)を上梓されましたね。そこの謳い文句が「世界最大の人材組織コンサルのヘッドハンター」となっています。どういう組織で、何をしているか軽く説明を願います。

妹尾 コーン・フェリーという米系の人材組織コンサルティング会社です。「コーン」と言うからにはトウモロコシの会社だろうとお思いになるかもしれませんが、そうではありません。Mr.コーンとMr.フェリーによって創設されたヘッドハンティングの会社です。いまではそこから発展して、広く人材育成、組織デザイン等人事全般を扱う世界最大手のコンサル会社となっています。
 私はそこで30年ほどヘッドハンティングを専門とし、最後の10年は社員150人ほどの日本法人の社長を兼任し、2年前からは特別顧問をしています。
 ヘッドハンティングという仕事は、個人の転職のお手伝いをする人材紹介業ではなく、雇用会社側に立って、特定のポジションに最適の人材を見つけて、その人を引き抜くお手伝いをするものです。以前は、「いい人を見つけてもらう」ことに期待の大半がありましたが、現在では、情報システムが発達しているので、見つけ出すこと自体よりも、見つけ出した人物がポジションに相応しいかどうかを見抜くノウハウ、選ばれた人を上手に口説き落とせるかどうか、そのあたりが腕の見せ所となっています。

妹尾輝男:コーン・フェリー元日本代表。主にグローバル・トップ企業のエグゼクティブ・クラスを対象に、ヘッドハンターとして活躍。

幸福を得られる仕事とは

鬼塚 時代は変わっているということですね。すこし意地悪な質問かもしれませんが、その人材を高給で招くと思うのですが、高給がビジネスパースンの幸福にどれだけつながりますか?

妹尾 お金と幸せに関するご質問ですね? ヘッドハンターというと、高い年収で候補者を釣るというイメージがあるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。ヘッドハントされて年収が上がるのはいわば当然の話で、それ以外の要素に大きな魅力がなければ有能なエグゼクティブは引き抜けません。私は候補者の真剣度を探るために、こんなお話をよくします。
 「もしもこのお話でご縁があった場合には、結果的に、年収は必ず上がります。ですから、お金のことは少し忘れてください。むしろ私がきょうお伺いしたいのは、○○さんは現在の仕事にワクワクしていますか、ということです」
 ビジネスパーソンにとっての幸福は、「働きがい」のある仕事をしているかどうかと大いに関係があります。

鬼塚 では、働きがいのあることで人は幸福になれますか?

妹尾 働きがいのある仕事に就くことと幸福とは大いに関係があると思います。ではいったい何が「働きがい」を創り出すのか? その仕事があなたにとってどういう「意味」があるのかを知るべきです。社会にいい影響を与える、これはまさに意味ある仕事の典型です。価値ある仕事と言ってもいいでしょう。また、意識しているかいないかは別として、多くの人が「周囲の期待に応える」ことに生きがいを感じています。
 また、社会的な価値はともかく、やっているととにかく楽しいという仕事もあるでしょう。それはあなたにとって間違いなく意味のある仕事です。集中できる、夢中になれる、時間を忘れる、ワクワクする。こうした現象は、あなたが意味のある仕事をしている証拠です。子供の頃に夢中になってやっていたことは、今思えばすべて将来の成長のために必要だった、いわば「意味のある仕事」だったのかもしれません。つまり、「やりがいのある仕事」とは学習や成長と結びついたものなのです。

悪ガキの復権が日本を輝かせる

鬼塚 話は少し戻りますが、最近、頻繁に日本では給与が上がらないとか言っていますが、これはどう解釈していますか?

妹尾 これはとても深刻な問題だと思っています。「清貧に甘んじる生き方」も個人の生き方としては悪くないのですが、国として社会として覇気を失うことは絶対によくありません。覇気のない国や社会は、人々に生き方の選択肢の幅を狭めます。最終的には、大多数の国民に「清貧に甘んじる」生き方を強制する結果となります。さらに、子孫にネガティブな贈り物を用意するという最悪の事態にもつながります。
 ではこの20~30年間、先進国中日本だけが経済も賃金も成長してこなかったのは、いったい誰のせいでしょうか?
 第一義的には、国のリーダー達の責任です。昭和的、予定調和的な立法・行政のやり方を変えることができませんでした。政治家や官僚だけでなく、経済界や学問・教育界のリーダーたちも既得権益に縛られっぱなしでした。子供だましのきれいごとがまかり通る社会を作ってしまいました。
 ですが、最終的にはこうしたリーダーにすべてを任せっきりにしたわれわれ国民一人一人が愚かだったのです。われわれ一人一人が性善説に立ったふりをして問題を先送りしてきました。周りを過剰に忖度して、正論をズバリと言う人がいなくなりました。自分の考えや好き嫌いを主張することを、何か失礼のことのように感じるようになり、競争や生存に不可欠な「アニマル・スピリット」を、野蛮なもの、気まずいものとして遠ざけました。
 こうした情けない現状を打開するために、私は「悪ガキ」の復権を訴えています。根性のひねくれた「不良」のことを指しているのではなく、夢の追求に邁進する愛すべき「悪ガキ」のことを言っているのです。

鬼塚 「悪ガキ的リーダー」が増えることで、日本はもっと輝き、表舞台に立てますか?

妹尾 はい。私はそう信じています。日本人の底力は明治維新でも戦後の経済復興でも遺憾なく発揮されました。みんなが耳に聞こえのいいきれいごとを言っている時代はダメです。黒船や原爆は金輪際ご免ですけど、事なかれ主義のリーダー達が早く引退して、アニマル・スピリットに目覚めた若い人たちがもっと活躍する日が近いことを祈っています。

本当にやりたいことを始めようか

鬼塚 60歳くらいになってまだ仕事をやりつくしていないと思う人はどうすればいいですか?

妹尾 いや逆に、ある年齢になったら「やり尽くした感」が出る、というものではないと思います。それは人によって様々なはずです。例えば、坂本龍馬は「やり尽くした感」を覚えることなく31歳で非業の死を遂げました。一方、伊能忠敬は平均寿命40歳あまりと言われた時代において、初の日本地図を作成すべく55歳で全国測量の旅に出ました。そして73歳の高齢で亡くなったとき、恐らく彼はまだ「やり尽くした感」を持っていなかったのではないかと思います。ホイットマンは、情熱を失った時が青春の終わる時だと言いましたが、学習や成長を続ける限り「やり尽くした感」はありえないと思います。

鬼塚 読者に対するアドバイスを。

妹尾 ひと言で言えば、伊能忠敬を見習え、ということになります。
 「様々な経験を経ていい感じの年齢になってきたから、さあそろそろ本当にやりたいことを始めようか」そんな気持ちになって欲しいと思います。
 心に響く言葉を大切にし、ワクワクすることを実行する。好奇心を持って、新しいことを学ぶ。自分の中に確かに成長している部分があると実感する。こうしたことを実践してほしいと思います。実は、私はもうかなりの年齢なのですが、まだまだ「ほんの若造」のつもりです。

『世界は悪ガキを求めている』
(東洋経済新報社)

妹尾輝男(せのお・てるお)
コーン・フェリー元日本代表。1975年、横浜国立大学卒業。ロンドン、バミューダ諸島、東京にて石油製品トレーディング会社に勤務した後、1988年、スタンフォード大学で経営学修士(MBA)取得。ベイン・アンド・カンパニーを経て、世界最大の人材組織コンサルティング会社コーン・フェリーに入社。同グループで30年以上、主にグローバル・トップ企業のエグゼクティブ・クラスを対象に、ヘッドハンターとして第一線で活躍。その間、日本法人社長を9年間、会長を1年間務め、現在は特別顧問。ヘッドハントしたエグゼクティブの数は400人を超える。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、ベストセラー作家を担当しながら、自身も執筆活動を行っている。
著書:『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/about/

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