生涯学習情報誌
鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―
5. 人生をそろそろまとめよう。
自分とはいったい何者なのか? ハムレットのセリフではないが、それが問題だ。
今回は、自分の半生を文章にし、世にくっきりとその存在を残すことをおすすめめしたい。
物心つく頃から人は、いったい自分は何者なのかと何度も自問する。人生が終盤にさしかかってもその答えには行き着かない。おそらく、どうあがいたって死ぬまで答えなど出ないだろう。どこかの時点で人生を振り返ったほうがいい。
私は作家のエージェントという仕事をしている。私を含めて7人の社員で年間80冊ほどの書籍をプロジュースする。時には、人の半生を振り返るような伝記も作る。
たとえば、在日韓国人でバイオリン製作者の陳昌鉉氏の半生を聞き書きし、「海峡を渡るバイオリン」(河出書房新社)という書籍を世に出した。のちにその本はフジテレビ45周年記念ドラマの原作に選ばれ、北の国からの撮影チームでドラマが制作され、文化庁芸術祭優秀賞を受賞した。
また、およそ百歳となる、母方の祖母の半生も4日間で20時間ほどインタビューし「恋文讃歌」(河出書房新社) という小説にまとめた。終戦直後に、混乱する朝鮮半島から命からがら日本へ帰国した体験だ。この話も現在映像化が進行中だ。
なぜ、人生の足跡を世に残した方がいいかというと、人が経験したことは、ある意味、書物で学んだこと以上に価値のあるものであり、人々の記憶に蓄積され、共有されるべきだからだ。
人は学ばなくてはならない。それは、先輩たちが作ってくれた知や経験の蓄積をさらう作業であるとともに、さらにそれに上積みし、後世の人たちが読み、疑似体験が出来るようにする。知だけではない。経験もこれからを生きる者たちには、きっと役に立つはずだ。この世に生を受け、体験したこと学んだことを世に還すということ。
それには大きく2つの問題がある。ひとつはどうやって文章を書くかという問題。それと、その文章をどのように後世に残すかという問題。
文章の書き方
まずは文章の話。
人は自分の人生を語りたがる。それに従い、産まれた時から今までの出来事を時系列に従って書く人が多い。これではまったく焦点が定まらない。あなたは満足かもしれないが、あなたの文章には誰も興味を示さず、誰も読まない。
肌感覚で、他人は自分の何に興味を持つかは知っているはずだ。例えば、60歳の時、高齢者オリンピックで金メダルをとった話とか、教師歴30年で東大に何十人も合格させた話とか。その特異なところを中心にして深掘りして書くのだ。けっしてどうでもいい話を書いてはいけない。
かといって、書き方を間違えると自慢話ばかりになってくる。自分が言いたいことばかりを書くのではなく、読む人が読みたいことを書くのだ。試しに周囲に聞いてみたらいい。私の何が知りたいか? と。おそらく言いたいことと違う答えが返ってくるはずだ。私が人の企画書をいじるとき、8割がここに起因する。
ここで、ちょっとしたテクニックを教えたい。これは私が著者デビューする作家の卵の方々に伝えていることだ。
本を世に残すのは、出来るだけ多くの人に読んでもらうためだ。つまり出来るだけ多くの人を想定読者とするが、それを念頭に置いて書きはじめると、焦点がボケたものになり、稚拙な印象を受ける。
では、どうするかというと、実際に書くときは真逆の発想をし、この話をもっとも聞いてほしい人物をひとりに定めて頭の中に思い描く。その人物が2時間聞いて丸丸理解でき、面白いと思うように、企画書を書く。そうすると、文調や語彙のレベルも決まってくる。難しい言葉を使う必要はない。 話し言葉でいい。知性を見せる必要はない。分かりやく、面白くだ。たとえば、先の東大に生徒を入れる教師の場合だと、受験生とその親、教師を大きな層を読者ターゲットとするが、書くときはひとりに絞る。学校で自分の横に机を並べる実際の新米教師に向ける。そうすると、文章がぶれてこないし、書きやすくなる。
では、どうやってあなたの文章を世に残すか?
おもにふたつある。ひとつはネット上に残す場合。もうひとつは紙にして世に残す方法。もしくはその両方。
ネットで残す場合
ざっくり言うと、ネットにはフェイスブックのように 流れていくものと、ブログのように蓄積するものがある。おすすめは蓄積するブログ、もしくは電子書籍化してアマゾンのkindleで売る方法だ。前者のブログは、無料で出来る。なかでもnoteというブログのウェブサービスなら、簡単に写真や音楽、映像なども挿入できる。手軽に売り買いもできる。電子書籍として出す場合は費用が発生するが高いものではない。ここで、おすすめするのが、原稿整理をプロの編集者に依頼することだ。ネットで「フリー編集者」と検索すれば山のように出てくるのでプロフィールを見て依頼してはどうだろうか。文章が見違えるように磨かれる。未来永劫誰かが読む可能性があるとすれば、お金がかかっても出来るだけ洗練された文章で残しておきたい。
紙の書籍として残す場合
自費出版と商業出版がある。自費出版は紙代や印刷代、 デザイン代など自分で払う。市場に流通させる場合、させない場合がある。印刷屋に印刷製本だけ任せ、流通させなければ安く済むが、流通まで任せるとそこらの印刷屋に任せるだけでは済まず、専門家に依頼しなければならない。軽く百万を超え、金銭的出費は免れない。
商業出版という道もある。原稿を書き上げ、出版社の編集者に送って判断してもらうという手段をとる。誰にコンタクトするかは、類似する書籍を読み、そのあとがきに編集者への謝辞が掲載されているはずである。その人にコンタクトするのがいいだろう。まずは企画書を送ればいいのではないか。興味があれば会ってくれるはずだ。原稿を持参するか、事前に送ればいい。もしくは私たちのようなプロデューサーにコンタクトすれば相談に応じてくれるだろう。ぜひ秀逸な作品を書き、商業出版まで持っていっていただきたい。
重複するが、誰にだって、世に残すべき経験や知識があるはずだ。
人の体験を疑似体験すること、人の知見を吸収することは学びである。
ぜひ挑戦してほしい。あなたの人生が他人の人生に役に立ったり、影響を及ぼしたりすることを考えると、文章にまとめることは楽しいはずだ。
鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html