生涯学習情報誌
鬼の学び ―鬼塚忠のアンテナエッセイ―
4. 正解のない問題に立ち向かう力
今回は、現在、テレビや雑誌などで注目されているボーク重子さんに、学びや教育についてお話をききました。なぜ彼女が今注目されているかというと、彼女は現在アメリカ人と結婚し、ワシントンDC在住で、娘のボーク・スカイさんが2017年全米最優秀女子高校生に選ばれ、その教育方法が注目されているからです。テレビ出演、講演のお忙しい中おいでいただきました。
鬼塚 まずは、全米最優秀女子高校生を選ぶ大会とは一体どんなものなのでしょうか。
ボーク 娘のスカイが2017年に挑戦した「The Distinguished Young Women of America」(全米最優秀女子高校生)という大会は60年の伝統がある奨学金コンクールで、いわゆるミスコンとは違い、見た目の美しさではなく、知性、才能、リーダーシップなど、その子の総合力で判断する大会です。アメリカで、高校生に向けた賞の中で最も名誉ある賞で、毎年大きな話題を集めています。過去60年という長い歴史の中でも、私たちの住むワシントンDC地区の代表は過去に数回しか出場歴がなく、さらにアジア系の学生が優勝したのはわずか3回だけ。なので、スカイの優勝は稀有な例として多くの方に注目されました。
鬼塚 話を聞くだけでもすごいですね。では、なぜスカイさんはNo.1に選ばれたのでしょうか。特別な教育方法があったのでしょうか。
ボーク 娘が優勝してから「どんな勉強法を実践していたのでしょう」という質問を多方面から受けますが、残念ながらこの質問に答えることは難しい。なぜなら、私がやってきたことはそれとは全く反対の事だったからです。私は、幼児期から読み書きや計算などの詰め込み教育は一切しませんでした。娘の通っていた初等学校(日本の幼稚園生から小学校3年生までの年齢の子どもたちが通う)では、4、5歳から自分の頭で考え、意見を人前で発表し、問題を解決することを教え込みます。それには、暗記の詰め込み教育はあまり必要ない。だから、小学校に上がる年齢になっても、教科書は使わず、宿題も出ませんでした。全体的にのんびりとした印象で、笑顔の生徒達が目立ちます。それでも、皆全米トップクラスの大学に続々と巣立っていきます。
鬼塚 なるほど。日本も真似したい教育方法ですね。どうしてそんなことが可能なのでしょう。
ボーク それは「全米最優秀女子高生」コンクールでも、全米トップクラスの大学入学試験でも、審査基準として求められているのは、「正解のない問題に、自分らしく立ち向かって解決していく力」だからです。これは従来の「学力」とは違った能力です。
これらを総称して「非認知能力」と呼びます。今アメリカでもっとも重視されている子どもの能力は「学力」ではなく、この「非認知能力」です。
私は娘に対して一度も「勉強しなさい」といったことはありませんでしたが、非認知能力を育むことにフォーカスした教育を受けた娘は、自分のやるべきことを理解し、いつも進んで勉強していました。睡眠時間も十分にとり、ガリ勉とは無縁でしたが、高校4年間の成績もほぼすべてAでした。
さらに娘はバレエにも全力で打ち込んでいました。バレエはもって生まれた身体が評価される厳しい世界なので親としてはさぞ辛いだろうと思う事もありましたが、どんなに高い壁であっても、問題解決のため、自ら考え、解決する強さがさらに磨かれたと思います。そういったことがコンクールでも評価されたはずです。
鬼塚 日米に、教育方法の違いはありますか?
ボーク 大きく違いますね。私は福島県出身で、結婚を機にアメリカに移住したんですが、日本の教育を知る私は、当初、アメリカの教育とのギャップに驚きました。日本では学校=勉強。九九を呪文のように唱え覚えます。宿題も出ます。先生から「やりなさい」と言われたことをやる。そして「言われたようにやる=いい子」です。そういうものだと思って娘の幼稚園に行ったら全然違ったんです。
先ほどもお伝えしたように、アメリカで重視されるのは子どもたちが世界で生きていく上で必要とされる力です。
ですので、子どもに「やりなさい」「こうしなさい」と言うのではなく、「私はこうしたけど、あなたはどうしたい?」と考えさせます。先生や大人が絶対ではなく、子どもに自ら考えさせます。
日本では親や先生のいう事に意見をすると「反抗」「口ごたえ」と言われがちですが、アメリカでは意見することが評価につながります。
鬼塚 ボークさんはお子さんの教育にも熱心ですが、それ以上にご自身の人生も大事にしていて、勉強も続けていらっしゃいますね。
ボーク そうなんです。人生100年時代と言われるようになって、子どもが巣立ってもまだあと半分。丁度折り返し地点に立っているにすぎません。なので今までやりたいなと思っていたことに挑戦しています。それに、子育てしていると子どもの成長を日々目の当たりにするので、親も一緒に成長していかないといけないと思う。子どもに自分の背中を見せたいと思うんですね。でもそれは何もかっこいい背中だけじゃない。私はむしろかっこ悪いママで、ダメなところもいっぱいある。何かやるとすぐ壁にぶつかってしまうんですね。でもその度に娘や夫に「今こういうことになってるんだけど、どうすればいいと思う?」と聞きます。すると二人とも真剣に考えて、素敵なアドバイスをくれるんです。
鬼塚 この冊子のテーマは生涯学習なのですが、ボークさんご自身はどういったことをされていらっしゃいますか?
ボーク 私はライフコーチという仕事をしているのですが、日々勉強です。色々なシチュエーションがあるので、色々な先生にお話をききに行ったり、本を読んだりしています。これは日々の習慣ですね。
キャロル・S・ドゥエックの『マインドセット』とダニエル・ゴールマンの『エモーショナルインテリジェンス』(EI)は何度も読み返しています。日本ではEQとして知られていますね。この勉強は私自身のために使っています。私のマインドセットがポジティブで、かつEI値が高ければ高いほど、クライアントさんにとってもいいんです。
読書は他人の経験を学べるのが大きい。自分で経験できることは限られていますが、読書は他人の経験を疑似体験できます。コーチングの仕事は、自分の中に知識があればあるほど応用ができます。クライアントは個性や状況、目指すゴールが一人一人すべて違うので、その時に的確に方向性を示せるように知識を蓄えておきたいと思っています。読書はこれからも続けますし、皆様にもおすすめです。
鬼塚 本日はお忙しいなかありがとうございました。
ボーク重子さん著書
『世界最高の子育て――「全米最優秀女子高生」を育てた教育法』(ダイヤモンド社)
「学力テスト」ではもう生き残れない。世界でいま最も重視されている、「子どもに必要な5つの資質」を伸ばす方法!
『「非認知能力」の育て方:心の強い幸せな子になる0〜10歳の家庭教育』(小学館)
「全米最優秀女子高生」を育てた日本人ママの実践的ルール集。2020年教育改革で親に求められる「5つの知識」
『世界最強の子育てツールSMARTゴール 「全米最優秀女子高生」と母親が実践した目標達成の方法』(祥伝社)
子供の成功は、「 親のタイプ」で決まる! 「自らやる子」を育てるために、今日から家庭でできることとは?
鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html