生涯学習情報誌

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木村浩子さん(盆栽環境研究会 代表)

【研究テーマ】

盆栽という文化資源継承の一例:五葉松瑞祥の個体情報の調査
―瑞祥の系譜調査とそのデータベース開発―

現存する中で2番めに古い瑞祥・相模富士の前で、木村さん(左)と師匠と仰ぐ日本瑞祥愛好会実行委員長の山口一男さん。「盆栽は道楽、つまり楽しみを極める道。所有欲ではなく、楽しんで熱心に育ててくれる人に引き継いでもらいたい。そのためには、盆栽に触れて楽しめる機会や場所がもっとあるべき。若い木村さんたちの活動には期待したい」と山口さん。

 盆栽は海外でも「Bonsai」で通じるほど、日本が誇るべき伝統文化として認知されている。1989年に第1回世界盆栽大会が開催された。2017年には第8回がさいたま市で開催され、世界中から約1万2000人が来場した。今年は、第9回がオンラインで行われる。最も人気が高いイタリアでは、日本にも存在しない盆栽の専門学校もあるそうだ。
 そうした人気の一方で、国内の盆栽を取り巻く環境は他の伝統芸能などと同様、継承の危機にある。愛好者の高齢化、伝聞による栽培技術継承、コミュニティの閉鎖性、投機的売買による不適切管理などの問題も抱えている。そうした状況を改善し、現代に合った情報発信や交流による盆栽ファン拡大に取り組むのが、盆栽環境研究会の代表・木村浩子さんである。

「盆栽の困った」を「盆栽で楽しい」に

 木村さんが盆栽に興味を持ったのは10年前。長年科学機器関係の仕事をしていたが、植物を育てる仕事をしてみたくなった。花を植えたりフラワーアレンジメントを習ったりする中で出会ったのが盆栽だった。
 盆栽と聞くと、おじいちゃんの趣味という印象が強い。しかも繊細で育て方が難しく、素人がうっかり触って枝を折ったり鉢を割ったりしたら大変なことになりそうだ。しかし、実際に向き合ってみるとおおむね偏見であることがわかるそうだ。
 2019年に盆栽環境研究会を立ち上げた。グループチャットで交流をしながら、ワークショップや展示会などのイベントを通して、「盆栽の困った」を減らし「盆栽で楽しい」環境づくりに取り組む。

昭和の名木「瑞祥」の系譜をデータベース化

 瑞祥とは、五葉松の一種で、他の松よりも葉が短く密集している。その特徴は、自然界の勇壮な松の大木を鉢の上の風景として表現するのに適している。また、他の松よりも成長が早く、個人が関与できる数十年で鑑賞できる作品に育てられる点でファンも多い。とはいえ、名がつくような盆栽は人間より長生きするのがあたりまえ。人から人へと受け継がれる。日々の手入れ次第で良くも悪くもなり、完成はない。
 瑞祥の祖木は昭和初期に、神奈川県の藤崎万吉氏が苗木の状態で見出したとされる。培養された後、戦後の展示会において注目を浴びていった。鈴木佐市氏によって1959年に「瑞祥」と命名された。
 祖木はすでに枯死してしまったが、祖木から、挿し木や取り木という方法で繁殖され、受け継がれてきた。動物の血統にも似ているが、DNAを種子によって引き継ぐのではなく、親木の一部を新たな子木として培養する。木村さんがデータベース化した60株あまりの瑞祥はすべて、90年ほど前の祖木・聖龍の100%分身なのだ。

挿し木

取り木のため幹から根を出させる

盆栽以外の文化継承にもつなげたい

 今回の調査では、文化資源として優れた盆栽・瑞祥の、祖木から繁殖した系譜をできる限り明らかにし、不明情報や新たに生まれる個体も追加できるデータベースを作成した。また、『瑞祥培養ノート』として、その歴史、育て方、繁殖方法などをまとめた。先人の知見や試行錯誤に基づくものだが、これまで伝聞や見よう見まねによって継承されてきたことを体系的にまとめ、入門者でも理解しやすいテキスト化をした。歴史と奥深さを持ち、生涯にわたって楽しめる盆栽文化。ファン拡大と同時に、文化資源継承のノウハウとして他ジャンルでも活かしたいとしている。

生涯学習情報誌 2022年8月号掲載記事より
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