1983年からの財団の歩み1983年からの財団の歩み

社会貢献の理念を引き継ぐ社会貢献の理念を引き継ぐ

日本の社会福祉事業の草分け「有隣園」

1911年、当財団の理事長、松田妙子の大伯父にあたる大森兵蔵はスタンフォード大学留学中に知り合ったアニー・シェプリー(日本名:大森安仁子)と結婚し、その後二人は、私財を投じ、淀橋区(現東京都新宿区)に「有隣園」を開設しました。恵まれない子どもたちの教育を主眼とした社会福祉事業の拠点です。この施設は生活と文化の向上を助けるセツルメントの草分けとなり、安仁子が園長となり、幼稚園の先駆けとなりました。アメリカで体育学を学んでいた兵蔵は、日本が初参加した1912年のストックホルムオリンピックで監督を務めるなど、日本のスポーツ振興にも尽くしました。兵蔵の死後も安仁子は有隣園の園長として、30年にわたり尽力、関東大震災の直後には被災者の世話も行いました。この「有隣園」 を支援していたのが、後に衆議院議長となる松田竹千代です。

孤児のための職業訓練施設

松田竹千代は、14歳のときに単身渡米、帰国後、社会福祉を志しました。「有隣園」の運営に協力するかたわら、大森兵蔵の姪、藤原澄江と結婚。1928年には国会議員に立候補し、当選。議員時代は文部大臣、衆議院議長などを歴任し、福祉事業の発展に寄与しました。「有隣園」は空襲で焼失しましたが、政界を引退した竹千代は、ベトナム戦争中に孤児のためにビエンホア孤児職業訓練センター「有隣園」を創設。孤児が技能を身につけ、経済的な自立ができるよう、92歳で亡くなるまで園長として澄江とともに運営に尽くしました。


当財団の運営する研修施設、セミナーハウス「有隣園」からの眺望

学びたい人を支援するために

松田竹千代の遺志は、娘の妙子が引き継ぎ、ベトナムの「有隣園」は、2006年に解散されるまで、多くの若者に自立の機会を提供しました。妙子も米国で学び、帰国後「日本のため、社会のため」を考えた活動を開始。日本の住宅事情向上を目指して住宅メーカーや支援組織を設立、1999年には東京大学工学博士号を取得し、伝統木造軸組構法の継承のための人材育成にも取り組んでいます。そうした「社会のために人を育てる」熱い思いは、「生涯学習開発財団」のさまざまな活動や支援の根底に流れています。1983年の設立以来、当財団は学ぶこと、学びたい人への支援を続けています。


大森兵蔵とアニー・シェプリー(安仁子)

新宿の「有隣園」記念の碑

松田竹千代と澄江

松田妙子

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