日本の技

インタビュー23 元文化庁長官 近藤文化・外交研究所代表 近藤誠一氏

「文化を日本外交の中心に置くべき」を推進し続けて

外交官で文化庁長官も務めた近藤誠一氏は、一貫して「文化を日本外交の中心に置くべき」と言い続け、文化外交を推進してきた。文化庁長官を退官後は、近藤文化・外交研究所を設立。海外での幅広い人脈を活かして、日本の伝統工芸の認知度向上に尽力している。

聞き手上野由美子

元文化庁長官 近藤文化・外交研究所代表 近藤誠一氏
近藤誠一氏
1971年
東京大学教養学部教養学科イギリス科卒業
1972年
外務省入省
1973年
英国オックスフォード大学留学
2003年
外務省文化交流部長
2006年
ユネスコ日本政府代表部特命全権大使
2008年
駐デンマーク特命全権大使
2010年
文化庁長官(~2013年)
2013年
近藤文化・外交研究所設立
2016年
瑞宝重光章受章

視点を変えて日本工芸の魅力をアピールする

――日本の伝統工芸品は、伝承の危機にある分野もあります。海外で評価された作家が逆輸入的に日本でも人気が出る現象もあり、作家さんたちがその目を海外へ向けてはいますが、なかなか機会がないと聞きます。

 そうですね。安価な工業製品に押されて工芸品が売れない。後継者がいない。師匠だって将来に不安がある。道具や材料が手に入らなくなってきた。ずっと叫ばれている危機です。それならば海外へと考えるのは当然で、成功している人も少なくありません。ヨーロッパでも、パリのギメ東洋美術館、英国のセインズベリー日本藝術研究所、その所長で大英博物館のキュレーターでもあるニコル・クーリッジ・ルマニエール教授などは、日本の工芸を芸術として高く評価してくれています。

 しかし、厳しい話もあります。以前オランダのユトレヒトの美術展で、伝統工芸の出展を断られたことがあります。作家は人間国宝で、現地の日本大使館から外交ルートでの後押しもしましたが、それでも実現しませんでした。北斎などのアートは歓迎だがクラフトは要らないというのです。日本の工芸に対する評価はこの程度かと、危機感を持ちました。日本人には、器や道具にも用の美を感じる感性があります。独特の自然観や繊細な美意識、目に見えないスピリッツを味わう素晴らしいものです。でもその価値観をそのまま向こうに持っていっても通用しないと考えた方がよいと思います。

――どういったアプローチをしたら良いですか。

 タペストリーや磁器など、伝統工芸はヨーロッパにもあり、それらはアートの一つと認識されています。そして、絵画、彫刻、演劇、音楽など他のアートとの競争は激しく常に切磋琢磨し合っているのです。日本の工芸も現地のトレンドを見ているプロデューサーやデザイナーなどの視点を取り入れ、伝統工芸の高い技術や精神とコラボした、KOGEIとしての魅力をアピールした方が受け入れられやすいと感じます。

 そうしたきっかけにもなるよう、ギメ東洋美術館、ルーブル美術館、ニコル教授らとも手を組みながら、日本文化の理解浸透とマーケットの拡大につながる、起死回生の策を練っているところです。

フランス・アルザスに日本の伝統文化の拠点を

――計画中のアルザスの話を聞かせていただけますか。

 フランスのドイツ国境に近いアルザス地方のキンツハイムに、アルザス成城学園という日本人学校がありました(1986年〜2005年)。その寄宿舎が使われずに残っていて、私が外務省の文化交流部長をしていたときに、隣地にある欧州日本学研究所のクライン所長が、隣同士で施設を活かして、両国のために何かしたいというお話がありました。03年の11月だったと思います。アルザスは日本びいきで、閉校したとはいえ成城学園があった場所を単なる観光地にはしたくないとも。すぐできることとして、国際交流基金に頼んで、日本の幾つかの大学が夏休みに行ってセミナーをやっています。

 文化庁長官の時にクラインさんが再び日本に来てくれました。そのときは具体的じゃなかったのですが、昨年の夏に急に話が進んで、改築案を示したところ、土地は1ユーロで譲り受ける、そのかわり数年以内にしっかりしたものをつくる、ということで合意したところです。

――どういう事業をやっていくのですか。

 実はヨーロッパには、修復できないで眠っている日本の工芸品が大量にあるのです。それらの修復を請け負い、展示したりオークションに出したりする。コレクターも喜ぶし、マーケットの拡大にもつながります。修復にあたるのは日本から行く工芸作家です。高い技術を披露しつつ、ヨーロッパのアーティストやプロデューサー、デザイナーたちと交流できます。それと、これが肝心なのですが、修理するところを見せたり体験させたりするのです。

 音楽の話になりますが、フランスのナントで始まった世界最大級のクラシック音楽祭を、05年に日本に持ち込んだ「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」が毎年5月に開催され、一番面白いのがマスタークラスという公開レッスンなんです。100人くらいが参加して一流の音楽家が学生を指導する。1時間のうちに学生が技術やスピリッツを吸収して、みるみる上達していくんですよ。指揮者の小林研一郎さんも、楽曲を作り上げていく過程を一般に見せるイベント、「レクチャーコンサート 」を長野県で毎年やっています。最後に仕上がった演奏を聞くと感動的です。

作品のプロセスを感じることで心が豊かに

――私も当連載の取材ですっかり伝統工芸の虜(とりこ)になりました。体験や見学はファン拡大には大切ですね。

 私は「結果よりプロセス」とよく言うのですが、何でもネットで検索して知った気になるのと実体験は違います。日本の工芸品がどんなにすごいプロセスを経てできているのか、ヨーロッパの人にぜひ見てほしいですね。自分で焼いた器は愛着があって、ごはんがおいしいですよね。一流作家の作品はプロセスのすごさを感じられるからこそ、使うと心が豊かになるんです。
 アルザスは西ヨーロッパの真ん中で、スイスのバーゼルやドイツのフランクフルトと近く、パリへも2時間程度。日本の発信拠点としてはもってこいなんです。

――日本のアニメと美術館がコラボをした「ヱヴァンゲリヲンと日本刀展」が世界中で人気ですが。

 特にフランスでは、日本のアニメやヴォーカロイドの初音ミクなどがすごい人気ですね。日本に興味を抱く入り口としてはそれでも良いと思います。実際、新聞記事にも載っているように、いまヨーロッパで一番人気の日本の工芸は刀剣類なのです。最初はそれらの修理を中心に、持続可能な収益を確保したいと考えています。
 アルザスは西ヨーロッパの真ん中で、スイスのバーゼルやドイツのフランクフルトと近く、パリへも2時間程度。日本の発信拠点としてはもってこいです。

日欧をつなぐ芸術支援の場をつくっていきたい

――いつごろオープンする予定ですか。

 2020年を目指しています。その過程として、来年パリで開催する「ジャポニズム展」において、職人の修復技術を見せるなど、アルザスにつながる動きをしたいと思っています。「匠アールビバン・ドゥ・ジャポン」という一般社団法人を立ち上げ、修理の事業計画や、研修、ワークショップ、展示会、芸術家のサロンなどを盛り込んだ年間計画も作成しています。『生きた芸術』というコンセプトで、伝統文化のスピリットを感じ取り、意見を交わしながら先人からの知恵を学び、それらを現代に活かしていく契機となる場にしたいです。

 芸術文化が与える“ひらめき”の力は、経済や政策にも革新を生み出します。大きなスポンサーを動かすために、工芸関係者、学者、職人を多く抱える自治体などからの支援を取り付けているところです。
 ストラスブール大学の日本語学科の学生は200人もいるのですが、それを就職に活かせていません。うまく展開して彼らの就職にも寄与したいですし、第2段として、日本にもそういう施設をつくって相互交流をしたいと考えています。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

デュエール・ヌヴェル・ダルザス紙に掲載された記事は "L'Alsace" のサイトでご欄いただけます。
http://www.lalsace.fr/haut-rhin/2017/03/31/au-milieu-des-vignes-tout-l-art-du-japon

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