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インタビュー12 染織(江戸小紋)小宮康正氏インタビュー 12
染織(江戸小紋)小宮康正氏

色落ちしにくい着物として生き残った江戸小紋色落ちしにくい着物として生き残った江戸小紋

小宮染色工場の三代目小宮康正さんは、伝統技術を継承しつつ、常に改良の精神をもって江戸小紋のクオリティを高めてきた。「良いなあ」と思われるものづくりの姿勢は、いま二人の息子にも継承されている。

聞き手上野由美子

染織(江戸小紋)小宮康正氏
小宮康正氏
1956年
東京葛飾区にて重要無形文化財保持者・小宮康孝の長男として生まれる
1972年
父のもとで修業を始める
1980年
第27回日本伝統工芸展初入選
1983年
第30回日本伝統工芸展にて文部大臣賞 受賞
1988年
突彫小紋 着尺両面染「立霞入り連子」文化庁買い上げ
1989年
東京国立近代美術館「ゆかたよみがえる」展出品
1990年
日本伝統工芸展10周年記念特別ポーラ奨励賞 受賞
1994年
第7回MOA岡田茂吉賞 優秀賞 受賞
2006年
第53回日本伝統工芸展にて高松宮記念賞 受賞
2007年
第54回日本伝統工芸展鑑審査委員
2010年
紫綬褒章受章

古い型紙は使わない

――高度な伝統技術を一家で継承されておられますが、いつごろから後を継ごうと思われましたか。

 いつというか、ほとんど洗脳ですね。祖父は「孫は俺が仕込む」と言っていたそうですが、歌舞伎などと同じで、良さがわかってから入っても手遅れな世界なんですよ。だから子供に見て覚えさせるんです。今なら職人技もだんだん解明されてきたので、大学くらいから理論的に教え始めても、技術の継承は可能でしょう。

 それより、いくら伝統技術と言っても用途がなくなったら滅びちゃうんですよ。祖父は、どんなに良くても古い型紙は買わなかったそうです。「その金で新しい型を買え」と言って、型紙職人の仕事や技術が後世に残ることを重視したんです。そうやって祖父が残した大量の型紙を、父はほとんど使っていません。祖父の精神を受け継いだからこそ、さらに型紙の品質を高めたからです。業界全体のレベルを上げながら残すことが小宮を守ることになるという、うちの家訓みたいなものです。

――小宮さんもかなり糊の研究をされたそうですね。

 紋様の繊細さやキレの良さを染め上がりに反映させるには、防染糊が型通りに生地に置かれ、しかも取れない粘り気が必要です。それによって滲みやムラのないシャープな染際が出るのです。糊は糠(ぬか)と糯(もち)米の粉をペースト状にしたものに、防染のための活性炭や染まらない顔料などを混ぜて作ります。でんぷん質によって水切れや粘り気を調節し、紋様に適した糊にします。材料の質、染める生地、その日の気候などによっても変えます。

 糠の製粉業者が廃業するピンチもありました。でも自社でやってみると、原料を吟味したり、練る機械を変えたり、絵柄によって配合を変えてみたりと、手間はかかりましたが品質はむしろ良くなったんですね。この世界は分業によって支えられています。型紙を作るための和紙、型彫りに使う刃物、染める前の生地、染料など、関連する素材や道具がたくさんあります。そのどれがなくなっても大変ですが、それを機により良くする工夫が生まれることもあるわけです。

定番の鮫小紋でも、型紙職人によって仕上がりに差が出る。

良いものを生み出す改良の精神

――この板場にも様々な工夫があるそうですね。

 はい。建物の窓は南側だけです。長板を乗せる馬は、南側が低く奥に行くほど高くなっています。この傾斜により、南からだけの光を長板の面に当てます。型紙で糊を置いていく型付けという作業を繰り返す際に、正確に絵柄を合わせるためです。床は土間にして湿度を高く保つことで、型紙や防染糊の乾燥を防いでいます。

――今日はなぜ窓を閉めているのですか。

 実はこれも改良の一つで、繊細な仕事をするときは、窓を閉めて電球1灯の光で型付けをしています。湿度を一定に保ち糊のムラを出さないためです。蛍光灯ではムラが見えないため、白熱電球の製造中止でまたピンチでしたがLED電球は使えたんです。型付けの後に染料の入った糊でしごき、蒸し箱に入れて90℃で1時間程蒸します。蒸しにも躊躇しながらボイラーを導入しましたが、微調整できる利点があり活用しています。

 先代から引き継いだ技術をそのまま続けることではなく、今使われて「良いなあ」と思われるものを作り続ける姿勢こそが、伝統の継承だと思うんです。そもそも江戸小紋は、明治43年に、蒸して絹の非結晶領域に染料を閉じ込めるという大きな変革をしたから、色落ちしにくい着物として生き残ったんです。

息子の康義氏が型付けの一部を実演してくれた。繊細な作業を素早く行う。

伝統は受け継ぐことより伝えることの方が難しい

――親から子へ着物を着つなぐのにも適してますね。

 実はそれをかなり意識して、うちの小紋は生地のままの色ではなく、薄っすらグレーにする着色防染をしています。なぜかと言うと、絹は長年タンスで寝かせると生地が少し黄変するのですが、グレーが入っているとそれが目立たず、常に新鮮に見えます。技術的には型付け糊の調合で工夫しています。着物は究極のエコですし、ぜひ親から子へつないでいってほしいです。

――伝統技術の継承とも似ていますね。

 そうです。私は、祖父、父から受け継いだ良い技を守りながら、未来を作っていく思いでやってきました。伝統は受け継ぐよりも、伝えることの方が難しいです。伝統技術とは言いますが、息子たちには、気持ちはいつも最先端のつもりで取り組んでもらいたいです。

聞き手:上野由美子
古代オリエントガラス研究家。UCL(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)考古学研究所在籍中。2012年国際日本伝統工芸振興会の評議員。ARTP副団長として王家の谷発掘プロジェクトに参加(1999年〜2002年)。聖心女子大学卒業論文『ペルシアガラスにおける円形切子装飾に関する考察』、修士論文『紀元前2000年紀に於けるコア・ガラス容器製作の線紋装飾に関する考察』ほか、執筆・著書多数。

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