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2. 旅は学び? 2. 旅は学び?

私は今インドネシアのバリ島にいる。
そう言うと、うらやましいという声が聞こえてきそうだが、そういうわけでもない。尻に火がついている状態なのだ。強引にでも、東京から離れないと仕事をこなせなくなった。

 たった7人の会社でも、経営していると日々雑多な仕事が舞い込んでくる。出なければならない会議の他に、社員が破裂しそうな爆弾を抱えてきたり、突然の打ち合わせが入ったりで、集中して文章を書く時間がまったく取れないのだ。今年の10月にはシェークスピアの戯曲を翻訳し、小説化して出版する。他にも 12月に催される舞 台の構成を練って脚本を書かねばいけないし、更に来年には明治維新の猿楽町を舞台にした時代小説の出版も控えている。もちろん本誌7月号の原稿も疎かにはしない。もっか時間の確保が必要なのだ。というわけで、執筆するために日本を抜け出てきたわけである。

インドネシアの棚田で農夫と写真を撮ってみる。
インドネシアのチャダンスの最中。踊り手はトランス状態に入る。

 旅をして思うのは、旅こそ学びであるということだ。最近、大学からお誘いを受け、学生を前に話すことが多い。大学生には「旅をしろ!」と強く言う。学校で机に座って話を聞くより、旅に出る方が学びが多い。私は大学の在学中に世界中を10数カ国放浪し、大学を卒業してからも就職せず、 数カ国を3年間ほどかけて旅した。正直、幼稚園から大学まで40年近く机上で学んだことよりも、旅先で学んだことのほうが多いと思っている。世界中の文化を見て、考え方を知る。そうすると外から日本を考える。結果、思考の幅が拡げられる。

 旅をして得られる一番のものは、世界中のひとと議論する機会だ。今日は6月15日。宿には、世界中から来た若者の長期滞在者が多く、彼らと話すと、予想通りロシアワールドカップと、トランプと金正恩との対談が2大トピックだ。しかし同時に、日本に関心が向いているのを肌で感じる。

 日本について尋ねると、初めは「歴史がある」「礼儀正しい」「ポップだ」など耳障りのいいことしか言わない。しかしだ。話し込むと案外否定的な言葉も出てくる。あるドイツ人の青年が日本について「日本は、礼儀正しくいい国だが、衰退に向かっていると聞く。一番の問題は急激な人口減少にある」と言った。するとカナダ系中国人が言った。「日本は確かに自由主義だけど、目の前に ある小さな問題のひとつも解決できない。中国は、独裁主義という問題はあるけれど、子供が多いと思えば一人っ子政策。少ないと思えばまた逆の政策を取る。程度の問題はあるが、重要な問題が解決するなら強引さも悪くない」。まさしくその通り。日本の目の前には、かなり深刻な問題が立ち塞がっているのに、政府は何も出来ないでいる。こんなときこそ、視点をぐいっとほかに引いて見たほうがいい。

 人口減少のことを考えると、いつもバッファローのことを思う。バッファローというとアメリカ大陸の野牛だが、実はヨーロッパにもポーランドの北部に生息する。アメリカのバッファローは個体数が多く、管理など出来ないので、野放しの状態。狼の群れも同じ場所に生息していて餌食にあうこともある。人が護るわけでもなく成り行く自然の摂理に任せている。

 一方、ポーランドのバッファローは違う。ヨーロッパに少数しか棲まないのでやたらと大切にされている。餌のない冬の時期には森のあちこちに置かれている餌箱に、人間が餌を補充する。さらには、北米大陸のバッファローと違って、天敵の狼がいない。こうなれば、ねずみ算式に繁殖してもいいようなものだが、実際は逆で、個体数は着実に減っている。専門家によると、食べ物の心配もない、天敵もいない、ということは、逆に生きる力を奪うのだそうだ。

 人も同じなのだ。父の話を思い出す。父は9人兄弟の6番目だった。父に、なぜそんな大家族だったのか? と聞いた答えは、「戦争が起こっているから、いつ戦争に駆り出されるかわからないだろ。だから9人のうち半分戦死しても4人か5人は残る。あの頃は食べるものがなく、餓死もあったから、さらに生き残れない。9人くらい産まないと家が途絶えるだろう」というものだった。その話を聞いたときは、戦争の恐さしか感じなかったが、今思い返すと、生きることに負荷がかからないと人口は増えないというのは正論かもしれない。もちろん戦争を肯定などしないが。

 この話は、サッカー日本代表育成の議論にも似ている。サッカーでプロになり、日本代表に入るにはふたつの道がある。ひとつは、Jリーグの下部組織のクラブに入って進む道と、もうひとつは学校の部活でサッカーを続け、卒業後プロに入る道。ざっくり言うと、前者はライセンスを持つコーチが理にかなった合理的な練習をする。後者は、もちろん試合に勝つための練習はするものの、先輩の理不尽ないびりにあったり、コーチのきまぐれとしか思えない無謀な特訓が始まったりする。理屈で考えれば前者のクラブチームから優秀な選手が出てきそうだが、日本代表の多くは、後者の部活上がりが多い。それは何故か。後者はサッカーを続けるためにかなり負荷がかかっているからとしか説明付けられない。

 このように、旅に出ると余裕ができ、日本人と思考の違う外国人たちと議論ができるだけでなく、過去に聞いたこと、読んだことを記憶の引き出しから引き出しやすくなる。ストレッチをして手足の稼動領域が広がって気持ちよくなるように、思考が広くなったようでこれまた気持ちよくなる。そして、その巡る思索を、このように文章に書き起こすと、それまた楽しく、最高の学びとなる。

 生涯学習とは、生涯旅に出続け、感じ、考え、思索を巡らすことだと思うのだ。そして、できるなら、交わした議論、巡らした思索を文章にし、世間に公開してみて はいかがだろうか? その場合、いいのはブログだろう。既知の知人だけしか読まないSNSだとあまりにつまらない。

 机上で本を読んだり、権威のある先生方の話を聞いたりするだけでは、あまりにも浅すぎるし、つまらなさすぎる。

 最後に、私の中で、旅の思索を綴った良書を紹介したい。

●村上春樹「遠い太鼓」(講談社)
40歳になろうとしている著者が 、ギリシャ・イタリアを旅しながら、「ノルウェイの森 」「 ダンス・ ダンス・ダンス」を書きながら綴った旅エッセイ。

●司馬遼太郎 「アメリカ素描」(新潮社)
司馬遼太郎氏がはじめて、人工的に出来たアメリカに行った際に感じたことを書いた雑文。

●藤原新也「インド放浪」(朝日新聞出版)
不思議な感覚を持つ著者がインドを旅して思ったことを綴った旅エッセイ。

鬼塚忠(おにつか ただし)
1965年鹿児島市生まれ。鹿児島大学卒業。卒業後、世界40か国を放浪。1997年から海外書籍の版権エージェント会社に勤務。2001年、日本人作家のエージェント業を行う「アップルシード・エージェンシー」を設立。現在、経営者、作家、脚本家として活躍。「劇団もしも」も主宰している。
著書:『海峡を渡るバイオリン』(2004年フジテレビ45周年記念ドラマ化。文化庁芸術祭優秀賞受賞)、『Little DJ』(2007年映画化)、『僕たちのプレイボール』(2012年映画化)、『カルテット!』(2012年映画化)、『花戦さ』(2017年映画化。日本アカデミー賞優秀作品賞受賞)など多数。
http://www.appleseed.co.jp/aboutus/aboutceo.html

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